少年タケシ

ブログ・ライティング


第16回
投稿日:2012年02月20日

 年明けて数日後。もはや生まれ育った地よりも断然こちらのほうに肩入れしている私は、赤城さんにおまいりいたします。
 私はこのころ、お友達からおしえてもらって、御朱印集めというステキな趣味を始めようと思ったのです。で、それならやっぱりなじみのあるところからだ、ってんで、初詣のついでに、まずはご近所の赤城さんで御朱印帳を買うことにしました。神楽坂通りの少し北に入ったところの、丘のようになった部分の縁、こんもりと繁った木々のなかに静かにいらっしゃる赤城さん。ここのところ敷地内の社務所だった建物を使ってカフェをやってみたり、神饌料理のお店を出したりしている、古くて新しい赤城さん。
 ところが、赤城さんでは御朱印帳というものは扱ってないんだって。残念だ……。
 御朱印自体はもらえるようなので、いただくことにした。メモ用紙大の紙に「赤城神社」などの筆文字、そして御朱印が捺してある。御朱印帳が手に入ったら、この紙を貼り付ければいい。
 しかし、その「赤城神社」の字のヘタなこと!
 いや、せっかくいただいてそんなこと言っちゃあいけないんですが、縦の四文字の並びがやや右曲がり。字も、ややよれた細い線で構成されている。雑に書いたものではなく、まじめに書いてくれたのにヘタなのだからしょうがない。
 帳面がなくてはたよりないので、つづいて毘沙門さんに行くことにしました。飯田橋駅から神楽坂の急坂をのぼった先、商店街のまんなかに位置する、門前の路上がなぜか花屋さんになっている毘沙門天善國寺。
 まずはおまいりをして、お寺の様子を眺める。赤城さんと違って、ここにはあまり来たことがありません。たくさんつり下げられた絵馬には、やけに蛍光ペンや派手な色の字が目につく。ハングルも多い。なんでしょうか。
「ニノが元気で活やくできますように」「今年も二宮くんにたくさん会えますように☆」「嵐大好き」
 ああ……こんなところにまで!
 一年前、神楽坂を舞台にしたテレビドラマが放映され、その主役がジャニーズアイドルの嵐・二宮和也だったので、実はここのところすっかり神楽坂は「ニノ」の街、ドラマの聖地となってしまったんです。そのことにはうすうす気づいていたけれど、まさか絵馬までこんなことになっているとは。はるばる韓国からここまで来て「聖地」に絵馬を残していく女の子たちまでいるんだ。
 なんとなく呆けてしまう気を取り直して、寺務所とおぼしきところに向かったものの、どうも閉まっているようです。あら、こっちもダメですか。どうしようかな。
 すると、後ろから「どうしました?」と声をかけられた。
 振り向くと、小柄でパーカーのようなものを着た、スキンヘッドの若い男性がいました。ヒップホップでもやってそうな風体です。
「あ、あの……ここ閉まってるのかなって」
「何かご用ですか?」
 この人はなんだろうと思いつつも、私は御朱印帳を買いに来たことを一応説明しました。
「すいません、いま開けますね」
 あ、この人、スキンヘッドというより、単に剃髪しているのか!ここの、お寺の人か!
 ヒップホップの彼は寺務所を開け、御朱印帳を出してくれました。毘沙門さんオリジナルで作ったものではなさそうでしたが、シンプルなオレンジの表紙に金の糸で模様がつけてあり、かわいいです。彼は私の目の前でさっそくその一枚目を開き、真剣な顔で慎重に、筆で神楽坂の「神」の字からゆっくりと書き始めました。
 これも……これもまた、ヘタだ!
 ヒップホップの彼は眉が太く、南国風の濃い顔をしている。その彼が大きな目を見開いて、じっくり「毘」「沙」から「門」へと書き進めているけれども、すでに三文字の大きさはまちまちで、縦軸も大きくずれている。
 文字を書き終えて御朱印を捺すと、彼は一仕事終えたという顔になり、笑顔で帳面を渡してくれました。
 その後数年に渡って使うことになる私の御朱印帳には、はじめのページに縦軸のずれたぶさいくな「毘沙門天」の字が、その裏には頼りない太さの「赤城神社」の字が仲良くはさまっています。



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第15回
投稿日:2011年12月05日

たいへんなことばかりあった年が暮れる。
荒物屋の誰かが亡くなった。駅を出たところに、「T家式場」の看板が出ていて、わきに荒物屋の店名も書いてあったので、知った。
おそらくは、夏に店先で見た百歳近い店主のお母さんが亡くなったんだと思う。お店には数日休みますとの貼り紙があったので、まさか店主本人ではないでしょう。夏には店先に出ていた人が、こうして年を越せなかったりするというのは、ごくふつうのことで。少し風が吹いて。そんなこと。
そういえば、わたしはいま喪中になるのだ。あんなにおばあちゃんっ子だったのに、そのことをふだん忘れているのが寒々しい。私はしっかりと記憶にある中で、人の死体というものをみたのは今年の一回だけなのです。人の死ってむかしはもう少し当たり前に転がってたはずなのに、なにかで価値が高められてしまったのかもしれないと思ったり。思わなかったり。寒かったり。風が吹いたり。
それでもこの頃の私は、仕事のふくらみから起こったのか、夜にふわっとした、スカスカの多幸感があふれる。それは即物的な、具体的なしあわせではなくて、まわりがすばらしい物と事と人で満たされてることをうっすら感じるしあわせです。どこかで花がさいている。
もしかしたらこれは反動によるものかもしれないけど、それが錯覚であろうがなんだろうがこの感覚にだけは嘘がないとおもう。
午前四時のなにもない瞬間に、へんなクスリをやっているでもなくへんな宗教にかぶれているでもなく、しらふでしあわせを感じているのはほんとうにめずらしいし、めったにないことだろうとおもって、これはメモしておかないともったいないと思って、書きつけてしまったくらい。寝てしまいたくないのだ。
こんな日がこれから多くつづき、のったかんじで、せいいっぱいで、行けたらよい。
多幸感とともに翌日、また眉の上で前髪をそろえてしまう。
ふと気づいて驚いたのは、私がはじめてこの髪型をしたのは九年も前だということです。十九でも二十八でも同じ髪型をしているんだな。進歩がないというよりも、二十八でもこの髪ができてしまううれしさが大きい。そして、この髪がだっせぇものになっていない世の中の、意外な変化のなさへの驚き。

書きものの仕事は広がり、人前でイベントなどおこなうほどになって、私は持ちあげられたまま宙に浮いていってもいいかなあと思っている。多幸感は一か月ほどもっている。どうにか少しだけ。
お祝いでお花もいただいた。加寿子荘で、花のある生活。起きたらふと香ったりして、うれしい。うれしいんだけども、わたしはあさってから長い旅行に出ちゃうんだ。花、どうすりゃいいんだ。まだ咲いてるから捨てるわけにはいかない、しかし水は換えられないじゃないか。ああ。帰ってきたらしおれて迎えられるのかとおもうといたたまれない。
しかしこんなとき、下に加寿子さんが住んでいるじゃないか、とすぐ思いつく。
夕暮れどきに加寿子さんちのチャイムを押し、明日からちょっと旅行で一週間空けますので、とまず切り出します。
「あら、そうですか、お気をつけて、うふふ」
それでですね、今ウチにお花があって、枯らしちゃうとかわいそうなので、よかったら差しあげようかなって。
「あら、そうなんですか? じゃあお預かりしましょうか」
お預かり、か。私としては完全に差しあげる気だったんですが、和子さんとしては預かるということで承知したようです。
「あらあら、かわいい、かわいいお花ねえ、うふふ」
花を渡すと、その場で大げさに愛でてくれる加寿子さん。加寿子さん、あなたのかわいさも相当なモンですよ。
「枯らしちゃったらごめんなさいね」
いえ、枯れたら枯れたでいいのです。だいたい私はあげるつもりだったから、適当に愛でてもらえればいいんですよ。さすがに一週間は持たないでしょう。

旅から帰ってきてからしばらくして、加寿子荘に立て続けに事件が起こるのだが、それは年が明けてからの話。




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第14回
投稿日:2011年11月14日

雨風の激しい夜は、加寿子荘の正念場。
築四十二年のわが和子荘、男性なら大厄、雨風にものすごい轟音を立てております。古さをまざまざと感じてわたしの心も盛りあがります。わくわく。がんばれ和子荘、雨漏りだけはかんべんね。倒壊はもっとかんべん。
築四十二年と聞いてはいるけど、宝箱にでもついてそうな古すぎる鍵を毎日見るたび、やはり四十二歳は詐称のような気がする。小窓は閉まっているというのにすきま風という言葉では済まないほど風が入ってくるし、突風が吹けば建物全体が揺れるし、五十歳は軽く越えているのではないだろうか。
そして、例によって私はまだ一方的に好かれている。
もう朝晩は肌寒いというのに、私のことを一方的に好きらしい。あの、虫がよ。
なんで特大サイズが一週間に二回も出るのか。私はこの部屋を好きでいたい。その気持ちに水を差さないでください、おねがいです。
ヤツが出るたび、私はいつもジェットナントカというスプレーで、自分の健康状態が心配になるくらい噴きかけていた。しかし今回はヤツが出たのが台所の食器洗いカゴの上だったから、ジェットはためらわれた。ジェットをやっちゃえば食器ぜんぶ洗い直しだし、食器用洗剤で戦ってみるかっておもった。洗剤は効くとよく耳にしていたのです。
特大を相手にも果敢に戦うつもりが出てきているんだから、私もずいぶん強くなったものだと思う。
で、百均で買ったばっかりのファミリーフレッシュのにせものみたいな洗剤の、上のキャップを外してかけようと思ったわけだ。ふつうの出し口からピュッピュと出すくらいじゃ命中しなさそうだし、大きな口からぶちまいてやろうと。
そしてまあ、大いにぶちまいた。最大限にイヤな動きで逃げ回るヤツにどぼどぼかけた。
結果として殺せたから良かったんだけども、シンクと壁の間など、古いがゆえに存在するあらゆるすきまにも洗剤は入り込み、食器カゴからコンロの上のフライパンからなにからなにまで洗剤でもうべとべとになって、百均で買ったファミフレのにせものは五分の四くらい無くなってしまったのです。
そういう悲しいこともあった。秋だからな。
でもまあ、秋になると調子づくんだよ、私は。
そして冬になると体がダメになり、春になると調子づくよ。そして夏になると心がダメになるよ。

仕事が増えてきた。なんでこんなに増えるんだ?そのわりにはカネがないのはなぜだ?
いつも私はカネのことばかり気にしています。「おカネもちにならなくてもいい」なんて言いません。おカネもちになりたいです。
でも、私の考えるおカネもちはどのくらいだろう。
年収一千万円くらいかな。
その上は想像ができない。想像ができないので、年収一千万と年収五億はだいたいおなじくらいではないかと思う。
むなしい。
女性誌に連載することになったのだ。
こんな仕事してるよ、ってアピールしたいきもちと、でも知り合いに見られるのは恥ずかしいっていうきもちと、そのせめぎあいの結果、仕事の内容を具体的に人に教えることがない。
しかたがないのです。
こんな私でも、少しはフリーとやらの立場で生きちゃおうかなっていう覚悟というか遊び心的なものがめばえつつある。その一方で、いつもオーエルに戻りたい私。
午前三時、健康健康また健康、ととなえながら深夜まで起きる。はやく書かなきゃいけないものがある。求めらるる時期は短し。二十代はすぐに終わってもう二度と来ず。今がピーク、今がピークといつまでも思いつづけていようとおもう。後悔を握りつぶして今を見る。一度に見られるものは少ない。
加寿子荘のトタン屋根に落ちる雨粒のバラバラという大きな音を聞きながら寝る。




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第13回
投稿日:2011年10月17日

お盆は、常磐線にのって実家に帰る。実家という言葉は、そのまわりの風土もふくめた空気感をも意味する場合が多いけれど、私にとっては建物と家族をしか意味しない。
常磐線のみなさんは、みんな泥くさい。それが良い、とあえてひとことではいわない。私はなじめないようで実は初めからなじんでいるようで、そこに不快もあり。
となりの席の女の人が、ポケットからアイポッドミニを取りだしたときに、百円玉がシートの上に落ちた。わたしはそれを言ってもよかったんだけども、その女の人がけっこう音もれしていて気に入らなかったもんで、だまっていたんだよ。まあ私ってのはこの程度の人だからな。

それで私は、この女の人が席を立ったらこの百円玉を拾うべきか?いまこの女の人の尻付近にある百円玉を知るのは私だけなのか?しかし女の人が席を立ったら百円玉の存在は白日のもとにさらされてしまうのではないか?そうなると当然百円玉を拾う私の行動も白日のもとにさらされるのではないか?つまり私はどうするべきであるか?総括すれば、わたしはいまは百円玉に気づかないふりをしておき、女の人が席を立つも周囲が百円玉の存在に気づかず、かつ、周囲の視線がないと判断できたときにだけ百円玉を拾うことができる。といったようなことを、柏のあたりで考えていました。

そして結果はどうなったかというと、女の人がまんまと百円に気づかずに席を立ったところ百円玉の存在はあからさまとなり、わたしは何もしていないのに緊張し、はりつめた空気の数分。不意にそばで立っていた法事帰りと思われる夫婦の、夫のほうがガバッとばかりに手を伸ばして、むんずと百円玉をにぎってジャケットのポケットに入れました。わたしが育った常磐線とはこういうことであったと思った。

実家に帰ればすることもないので、本など読んだりもするのですが、この時とばかりに私はずっと読んでみたかった小説(大正くらいのもの)に取りかかっていた。ところで私は、ああ、恥ずかしい、恥ずかしいなら書かなきゃいいのにこの露出狂め。恥ずかしいんだけど子供の名前というのを考えるのがむかしから好きで、子どもを持つこともないくせにいろんな名前が候補としてある。
その、いちばん気に入っているものは、平易な漢字一字で平易な読みで、和語で、しかもいままで聞いたことがないという良い条件のそろったもので、いわばかたちのない箱入り娘であったのですけど、その小説に、ちょっと陰のあるお姉さま役でその名前の人が出てきたので本当にたまげた。
ずっと読んでみたかった小説の登場人物に、ずっとあたためていて、これは誰もつけないだろうとおもっていた女の子の名前がついている、という、これは、なんだろうね。
この時代にいきるセンスのよい人ってあこがれで、敬愛する尾形亀之助なんかも実子のなまえは、上から泉、猟、茜彦、黄、渓、乗、と、ほとんど一文字で「これは」という名前をつけてる。
そういう調子でいきたかったんです、わたしも。そしたら先に取られてて、うわあって、うれしいんだけども、くやしくもあり。

ほかにも、現代の女性エッセイを読んでいて、私は著者の人格を知りつつ読んでもなお業が深いと思えるようなものが好きであるし、その「業」の深みこそつくりだすものの深みだと思うのですが、私がうっかり足をぬかるみに落とさないために確認しておきたいのは、わたしは業が深くなりたいのではないということ。
テレビの上からうかがっちゃうかんじで、それでいいということ。
結局の生産物として何かがしぼりだされちゃったらそれはしかたがないけれど、業を狙うなんてとんでもない話で、そっちを向くことさえゆるされないくらいであって、どっちかというと、テレビを見ていればいい。
もう私の中には充分に、あるから、これ以上増やさなくていいから、ということ。テレビを見ていれば横這いで居られるはず。
実家のテレビの画面がまぶしいんだよ。



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第12回
投稿日:2011年09月26日

どしゃぶりのなか、さんぽ好きのSさんと牛込を歩く、そして、岩戸町の路地のどんづまりの大好きな家を見せに現地まできたところ、前に来たときにはなかった貼り紙を発見した。

若い女の人の手で、若い女の人らしい名前と「引っ越したので郵便物はこちらに」というようなことが書いてある。住所は房総の海のほう。

大好きな加寿子荘を離れる気はないくせに、欲ぶかい私はこのどんづまりの細長くてじめじめした建物もあわよくば住むなり使うなりしてみたいと以前から思っていました。しかしどうしたらいいのかも分からないので、手をこまねいていたのです。

これはとっかかりではないのか。この、なんらかの事情で房総の海のほうにひっこしたIさんなる方に尋ねればこの建物の借り方がわかるのではないか。連絡をとってみるべきではないのか。という機運が、にわかにSさんとわたしのあいだに巻きおこったのは当然のことであった。実際はふたりともテンションが低いので、巻きおこるというかんじではないのですが。

この夢あふれるプロジェクトをただちに遂行するべきである、と、雨避けに入った煙草くさい喫茶店で私とSさんは確認し合った。あんなおうちに住む人なのですから、ぜったい何かしら流れの合う人だとおもう。住所しかとっかかりがないので、ここはゆかしく手紙をしたためるべきなのでしょう。

しかし、こういう盛りあがりは、その日のうちに即座に動かないといけないのである。

手紙を書こう書こういつか書こうのあいだに、どんづまりの家の貼り紙はなくなっており、何か月かののちにはその建物は何者かにすでに借りられていた。わたしが鼻息を荒くして企てるプロジェクトなるものは往々にしてこの程度の話となる。

斯かるどんづまりの家の、裏手にあたるのが神楽坂通り、私が勝手に呼ぶところの神楽坂本通りで、夏となればここでは阿波踊りが行われます。歴史の深い牛込赤城神社の秋の祭礼よりもなぜか盛りあがってしまう夏の阿波踊りは毎年見に行くことにしている。義務といっていいほどに。

見るたびにあいかわらず、飛び入りしたいほどの高揚感がえられます。いてもたってもいられないのでサイダー飲んだ空きビンをわりばしでずっとチンカチンカ叩いていたら、となりのおばあちゃんに「うまいわねえ」とほめられる。でもそれは「でもちょっとうるさいわよ」の意味であったかもしれません。

土着のうねりは私にこびりついて、そのせいで鳴り物のひびきがどうにもおさえられず、坂下のゲームセンターで『太鼓の達人』をやっちゃったんだ。ひとりじゃない、友達が見てるから大丈夫。



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第11回
投稿日:2011年08月22日

以前にあぶらいれを探しにいったけどいまいち好みのものがなく、まだきちんと物を買ったことのなかった通寺町の荒物屋にいって、お風呂のイスを買った。
加寿子荘二階奥の風呂場には、入居当時に新品の木製スノコとイスが備わっていましたが、イスが三年の使用を経て劣化し、腐ったのかかびたのか、真っ黒になっていたのだ。
荒物屋の主人は、荒物屋にふさわしく、荒かった。いろいろと。
お店の中には、おそらく百歳近い、主人のお母さまと思われるひとも腰かけていて、しっかりとお客さんを相手している。彼女は、弱々しいけど芯のある声をしていて、牛込にふさわしいとおもう。
しかし主人はそれを邪険にして、「いいよいいよ!何もしないで奥にいろよ!あぁもうそれもオレがやるからよ!あーあーもう全くうるっせえなあこの音楽は止めろっつうの」と、むかむかの矛先が母やら商店街の音楽やらいろんなところに向きますが、お客さんに接するときはくるりといいおっちゃんに裏返ります。背が小さめで重心の低いどっしりとした体格で、だいぶはげあがった頭とたれ目に愛嬌があります。
店内も実に荒くて、いろんなものがいろんなところに重ねておいてあってぎゅうぎゅう。私のもとめたお風呂のイスもものすごく奥の方にありました。しかし、主人は照準を正確に定めてすぐに出してきました。いままで使っていたものとまったく同じ形のイス。
三年前に加寿子さんも、おそらくここで買って来たのだね。
また別の日、荒物屋に、ちょうどいいフックがないかとおもって買いに行った。
「S字じゃなくて、鴨居に引っかけるようなのがいいんですけど…」
「ああ、長押にかけるようなのかな? あるよあるよ」
「長押?」
「これ」
「あー、これですこれです」
こんなすてきなボロ民家に住んでいるのに、私は長押の意味をしらなかった。くやしい。なぜか長押を、天袋と同じような意味だと勘違いしていた。
たしかにうちには鴨居があり、長押があります。で、フックをかけている部分はまちがいなく鴨居ではなくて長押なのでした。
これからつかいこなすぞ、長押。
夜更けてからまた買いものに出ると、うちのそばの大きなお家の花壇のへりに、三十がらみの女子二人が腰かけて深刻そうでもなくおだやかに語らっていた。たぶんお酒は入っていない。夜十時のまっくらな場所。
二十分くらいで買いものを終えて帰ってきたけど、まだその落ちつかない位置にいるんだ、二人が。
夏の夜だから、まぜてほしくなりました。

そういえば、タエコさんは……。
最近、妙におとなしいのです。あのブームはなんだったのか。


骨董の小棚を買ってしまいました、ヤフーオークション。じまんげに。棚はかわいげに。
買ったときには分からなかったのですが、届いてから裏を見たら「群馬縣みづほ會解散記念」と赤文字で書いてあるのです。
なんだろうかね、みづほ會。おもいは馳せらる。
四段の小棚の最上段だけ左右にふたつひきだしがあって、ふたつの取っ手が目に見える。二段目の取っ手は鼻。三段目は口。四段目は……アゴだろか。取っ手を上げ下げすると、みづほちゃん(小棚に命名)の顔は笑ったり悲しんだりする。むかしむかし、おばあちゃんの洋服ダンスの取っ手についておんなじことを思っていたのを思いだした。
うちに奔放に散らかっている雑多なものものや、はるかむかしケースにしまったままケースごと奥にしまってしまったものものは、みづほちゃんの中におさまった。永遠に工事中のようなわが部屋も、年単位ですこしずつすこしずつ落ちついていく。
しかし、夏はその安らぎを乱す外部からの闖入者がいる。
それはあまりにも明白。虫。
この件について語るには、ちょっとした洒落た家具程度では救いようがないくらい乱れた私の暮らしぶりをまず披瀝しなければならない。
骨董の小棚を買ったときの梱包のダンボールが何枚か、なかなか資源ゴミの日に捨てられなくて、ずっと壁に立てかけて置いてあったのです。で、それがいつの間にか台所の通路にあたる部分に倒れちゃって、ああもう、っていうきもちになって、そのうえを踏んで歩いたりしてたんですよ。
まあこのくらいのだらしなさなんて日常です。次の期日にこそ捨てよう、と決めて。
資源ゴミの前日、その散らかったダンボールをまとめていたんですけども、いちばん下のダンボールをのけたら、床の一部が妙に黒っぽくよごれていたんです。
あれ、なんかこぼしたっけ?いくらなんでもこぼしたものを放置してそのままダンボールをかぶせるような愚行はしないけどなあ。
と、思って、なにげなく、その、のけたダンボールを裏返したらさあ、さあ、あの、ああ、ここで私は、何がしたいかというと、これを伝えることで私の気味悪さを排出して少し減らしたい。
例のゴの虫の特大のが、完全につぶれてダンボールに貼り付いていたんだよ!
すぐ裏返して、夢だったことにした!
どうやらあるときダンボールの下に隠れておられて、私はそのうえを気づかずにグシャッとやって歩いていたのだ。何日間かそのまんまだったわけです。ああもう、これを想像するに、ああ、ぞぞ髪だちますが、知らないうちにアイツを始末していたんだと思えばそれは不幸中の幸いかもしれない。
また数日後には、シンクに洗いものを置きっぱなしにしていた。夏にこれをするのがそもそもまちがっているが、何日かほったらかしなのはいつものことだ。して、ある時ひとつお皿をのけてみたら、その下のお皿にたまった水の上に小さなのが浮いていた。
またまたある日には、夜に買いものからかえってきて台所の電気をつけたらシンクの端に生きたのがいる。見逃すのもおそろしいから勇気をふりしぼってスプレーで殺しにかかったけれども、虫のくせにやたらあわてふためく感情を見せて逃げまどい、最終的には本当に苦しそうな名演技をして死ぬという一連のドラマを目撃せざるをえず、結果シンクにひっくり返って息絶えたそのムクロがでかいんだ、すごくでかいんだ……。
気を取り直すためにまずは無視して、シンクにほったらかしていたんだけど、勝手に消えてくれないことは分かっている。そのまま排水口に流してしまうのもどうにもためらわれる。しばらくほかのことをして気をまぎらせたあと、資源ゴミの束にあった紙きれをちりとりのようにして、下からすくいあげる要領で対象を隅にのせて、ゴミ袋に移動させようと決意した。しかし、ちりとり代わりの紙と、手から対象までの二十センチの距離を媒介にしてもいやでいやでしかたがなく、どうしても視界に入っちゃって、窮し、それで、わたしはなにをしたかというと、サングラスをかけたよ。
なんかよく見えなくなって、よかった。
ふだんサングラスなんて使わないけど、こういうときのためにあったんだね。夏の加寿子荘にサングラスは必須だ。




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第10回
投稿日:2011年06月27日

風と水分と気分が同じ波にのって、とてもいい調子の日が、このくらいの季節にときどきおとずれる。気分のよい仕事のうちあわせと、気分のよい髪切りと、気分のよい出会いと語りがあった帰りに、沈滞しているはずの梅雨の空気もいい湿り気になって、いいなあ、いいなあ、とただ言いつらねたい、それだけの日がある。
合い間合い間に、雑誌にのったわたしの虚像などを見る。書きものの仕事なども少々増え、インタビューを受けることすらいくつかあって、そんな記事はわたしの虚像です。最近わたしの虚像ががんばっているんです。えらそうに、ほんとえらそうになんかほざいているのは私の虚像だ。まあ、がんばりすぎるなよ。目指せふつうのオーエル。

そして、そんなさなかの平成十九年六月二十七日、私はたいへんな日を迎えた。
そりゃあね、人から見ればたいへんだよ。数週間前にはいちいち裁判所に行っているんだからね。そうしないといけないんだから、私は。
ただそれは、わたしにとっては単なる書類上の問題で、ほとんどハンコを押すか押さないか、その程度の問題のはずなのだ。燃えるゴミの日にちゃんとゴミを出せなくて、うっかり月曜のゴミがたまって木曜に捨てる羽目になったとか、そんな日付のズレ程度の話で、とりたてて額に入れて鑑賞するような問題ではないはずだ。
と、なんども念押しをしていて、そのとおり私は海外入院に行ったときさえただの旅行のつもりで、じっさい、感想をのべるなら「楽しかったよー。」と心から言えるような、そのくらい心に膜が張った状態に自分を洗脳することなんて、とても簡単。
だった。
の、だけども、この日のお昼にわたしはあられもないかっこうで寝ていて、郵便屋さんが呼ぶ声にも出て行けない状態だったもんで、どうせ仕事関係の郵便だろうとおもって、あとで届けてもらえばいいやなんて居留守をつかって、そのあと郵便受けをみたら裁判所からの書留郵便の不在通知で、まさかこんなに早く来るとは思わなかった。わかってる、もうおおかた中身はわかってるけど、その再配達までの長い間。
そしてその数時間後、一千四十円分もの切手を貼った、小道具みたいな裁判所からの通知が届いて、まさかダメなんてことはないだろうと、安心に安心をおしつけながらハサミで封を切って、折りたたんである紙を開いて。
わたしの、めんどくさいめんどくさい、あのやらなきゃいけない義務は、もう、九十九パーセント終わってしまったという、その実感を、こうしていつもの机の前で、じっくりじっくり噛んでみようとするけれども、これは、意外と噛みきれない。
主文とか、理由とか、書いてあんの。笑っちゃうね!
祝うとかそんなんじゃないのだ、ただの、ハンコを押すか押さないか、それだけなんです、紙なんかちぎったっていいくらいだったはずだ。それだけのこと。でも、やっぱり、もう後ろめたいものなんかないって、それが、突くって。思う。意外と突く、だから笑っちゃうね、酒でも飲むかっていう、そういう気分にもなるよ。
ああ、ああもう、めんどくさかった、なにもかも、めんどくささを押し切って、まったくわたしはこの数年間なにをやっていたんだか、結果がどうあろうと何もかも徒労ですよ、成功裡に終わるすばらしき徒労、人生なんてうまれた時点で棒にふっているようなもんだけど、ハンコの一つ程度で朝の来る、むなしさがすばらしいとおもいます。人生最大のむなしさがやってきたよ!
私、おつかれさまでした。




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第9回
投稿日:2011年05月30日

近くにある梅花亭という和菓子屋は、老舗というわけではない。
老舗で言うならば、駅を出て向かいにある清水(あるいは「清水屋」が正しいのか、店名がはっきりせず、それもまた味がある)です。加寿子荘より古いと思われる木造の一階でしずかに和菓子を売っています。
さて、そのわりと新しい梅花亭の方に、こんな貼り紙があったのを目にした。
―――
スイカ
の形の上生
菓子あります
―――
改行に、牛込のつるりとした時間の流れに飲みこまれたセンスを感じたのです。
この貼り紙の作者は何にも増してまず「スイカ」と書きたかったのでしょう。その気持ちがありあまり、どうしても一行目に「の」をつけたくなかった。
そのきもちを残して「の」を次行にもっていったことで全文のバランスに大きなゆがみが生じ、「上生菓子」のことばが完全に分断された。結果としてこのような、斬新な作品がうまれたのだとおもいます。
新しいお店も場に飲まれて、こんな貼り紙を作ってくれることがうれしい。物はなるたけ整えたくないもの。

しばらくトラブルのない隣人タエコさんとの関係。私も夜の常識的な時間に帰ることが多く、スイッチバチンをやってもとくに何も起こらない小康状態がつづきました。
共同玄関でたまたま会った加寿子さんと少し会話をすると、タエコさんの一日の行動がまた少しつまびらかになった。
早朝にビル清掃のお仕事をしているらしいと判ったタエコさんですが、加寿子さんによれば、彼女はどうやらお仕事のあとお昼すぎにいちど帰ってきて、目的は分からないけどまた午後にでかけて夜に帰ってくる、という行動パターンのようです。
なるほど。たまに、夜八時くらいに<二階手前>の電気が消えていることがあるけれど、彼女はその時間にどこかに出かけていることもあるんですね。
住人のプライバシーが云々されるこの世に、よりによって都心に位置する物件内の個人情報が何もかも明らかにされすぎですが、それは加寿子荘という村のなかのお話だからしょうがない。たとえ私の情報がひろがろうと、ここにいるかぎり私は「しょうがない」で済ますのだ。
あるとき、晩の八時半ころ、わたしは雨のなかコインランドリーに行くために共同玄関を出ようとすると、ちょうど帰ってきたタエコさんと鉢合わせしてしまいました。タエコさんは髪をひとつにまとめている。
気まずい。わたしはいちおう小さな声でこんばんはーと言ってみたのですが、タエコさんはおびえたような、眉をひそめたような、なんともつかみにくい表情でわたしを見るのみ。
わたしがコインランドリーから帰ってくると、なんということでしょう、共同玄関でまたタエコさんと対面してしまいました。タエコさんの髪はおろされていた。
たぶんタエコさんは銭湯に行くところだったんじゃないかな。
今度はわたしもあいさつをしなかった。
そぼふる雨の中、かすかな火花が年齢差二十五(推定)のふたりのあいだに明滅する。
ただ、それだけ。
タエコさんが何を考えているかはまるで分からないが、まだ不穏の種は消えず。

 




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第8回
投稿日:2011年04月25日

先日加寿子さんと話したことで、ほかにも判明したことがある。
たまに「二階奥」の隣の部屋に来る加寿子さんの息子さんらしき人は、やはり息子さんだったということ。住みはじめてから五年、つぎつぎと明らかになる加寿子荘の真実!
息子さんは東京近郊の小都市に住んでいるのだが、ひとりぐらしの母を気づかって週に二、三回、金曜日は決まって毎度、加寿子荘に来る。そして、加寿子さんが洗濯物干しに使っている二階の空き部屋に泊まっていくのです。
思い返せば、加寿子荘に出戻りをしてすぐのころ、この建物にそぐわないくらい元気な子供たちの声を聞いたことがある。声から判断すると小学生の男の子が二人くらい。バタバタと階段をのぼったりおりたり、空き部屋に入ってふざけあったりしているので、もしかして加寿子さんにはお孫さんがいるのかな、なんて思ったりした。その後そんな声を聞くことがなかったのでなんとなく忘れていたけれど、やっぱりお孫さんだったんだね。加寿子さんの家族構成も少しずつ見えてきている。

私が定期的に通う総合病院は加寿子荘から歩いていけるところにあるのですが、その途中にあるイタリア料理のお店が気になっていたので、病院のかえりにランチで寄ってみました。
外観はあまりきれいなお店ではなく、なかに入るとカウンターが数席、奥にテーブルが一つあるだけでした。バーみたいな店です。いや、バーよりも居酒屋にちかい。
お昼の十二時すぎ、ごったがえしそうな時間なのに、サラリーマンがひとりいるのみ。厨房では短髪白髪の小太りなマスター(というより親父、という感じ)がせっせせっせと動く。ふぅふぅ、あっちぃ、あちぃ、と言う。
パスタのセット。トマトソースと書いてあったんだけど、ほんとうにトマトだけだ。いや、たぶんにんにくとかたまねぎとかは入ってると思うけれど、具としてみとめられるのは全くトマトだけ。でも、おいしい。
ほかのメニューは、オムレツとカレーでした。ここはイタリアンじゃなかったか。となりの常連サラリーマンは、オムレツセットを食べている。
「うまい」
「……」
「オムレツ久しぶりなんじゃないの」
「ああ、そだね、久しぶりだから作り方忘れちまったハハ」
「なんで今日はオムレツにしたの」
「いや、なんかさ、卵があったからね」
ランチにはスープとコーヒーがつくんだけども、わたしはコーヒーは苦手なのでいらないです、と言ったら、ボソボソ何か言いながらちっちゃなケーキを出してくれた。

そのあと、もうひとりサラリーマンのお客さんがきた。常連じゃないようす。常連さんと親父さんは、ちっさな声で世間話。
「いや、あっついあっつい、ふぅ」
「もうアイスコーヒーでもいいかもね」
「そうだね、暑かったからね、タイミングが難しいんだよね」
「梅雨に入っちゃったからなあ」
「ねぇ、寒くなったりするでしょ、ハハ」
すると常連じゃないひとが口をはさんで
「梅雨寒なんていいますからね、冷たいのにしたとたんに寒くなったりしてね」
「そうなんですよね、ハハ」
常連さんが「冷やし中華でも始めたら?アハハ」というと、親父さんは無言で軽く苦笑。
ここのお店だったら冷やし中華があってもいいかもしれない、と思いつつ外に出たら、看板に「イタリア料理」ではなくて「イタリア風料理」とありました。
『風』。
神楽坂の石畳の路地だの花街の雰囲気だのもいいけれども、のろけとして街を語るには私はこういう牛込のほうが好きなんだってば。しょうがねえさ。




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第7回
投稿日:2011年02月28日

帰るたび、タエコさんの動向が気になる。
ある金曜日、私は夜の十一時ころ帰ってきた。加寿子荘前の小路から仰ぎ見ると、タエコさんの部屋の電気はついていない。どうやら本日ももう床に着いているようです。少し胸が高鳴る。
加寿子荘は共有玄関のある木造の下宿式で、靴をぬいで二階に上がる。二階の廊下の電気スイッチは階段の上がり口にもあって、帰ってきた者は一階でスイッチをつけ、二階にあがり、タエコさんの部屋の入口至近にある二階のスイッチを消して各々の部屋に帰るというしくみ。
さてわたしが共有玄関に入ると、おや、二階の廊下の電気がすでについているのでした。
ここでわたしは考えすぎた。
タエコさんは、やはりあの、スイッチの「バチン」という大きな音が部屋にひびくのがいやなんじゃないかと。いままでも、バチンの瞬間にドアを開けてきたのですから。そこでタエコさんはあらかじめ電気をつけっぱなしにしておき、わたしが異変を察知して「バチン」とやらずに部屋に戻ることを期待したんじゃないかと。
そんなわけで、わたしは廊下の電気をつけっぱなしで部屋に戻りました。
すると、タエコさんの部屋から不穏なつぶやきなどは聞こえませんでした。
しかしその後、夜中一時半過ぎ、何者が二階にあがってきて、その際になんのためらいもなくバチンとスイッチをいじる音が聞こえた。なんてことをするんだ、せっかく私があれだけ気をつかったのにまた私のせいだと思われるじゃないか。
その人は、加寿子さんが洗濯物干しに使っている二階の空き部屋に入り、荒っぽく戸を閉めた。でもタエコ部屋からはとくに何の異常もなかった。
週に何度か加寿子荘の空き部屋に泊まりに来るこの男性もわたしは気になっている。顔を合わせたこともある。初老と言ってもいいくらいの方で、おそらく加寿子さんの息子さんだと思うのだけど。

毎日帰ってくるたびにこんなに気をつかうようでは先が思いやられるので、わたしはタエコさんのことについて加寿子さんに聞いてみることにした。耳が遠い加寿子さんと長く会話をするのはなかなかたいへんだけど、これもいい機会です。
ちょうど月末なので、お家賃を払うついでに勇気を出して聞いてみた。タエコさんはどういった人なのか、と。すると加寿子さんは、知りうることはあっさり教えてくれた。
平日のお昼も部屋にいる様子があるのでいったいどうお金をつくっているのか不思議だったけれど、タエコさんは無職ではないらしい。どうもかなり朝早く起き、ビル清掃などをしているもよう。午前四時にゴミを出したらただひたすらじっと見られた件を率直に加寿子さんにはなすと、加寿子さんも「あら、きもちわるいですねぇ……うふふ」と言ってくださった。うふふ、というのは加寿子さんがかならずつける終助詞なので、とくに深い意味はないと思われます。
タエコさんはいつも五時くらいに起きているところを、私が出す物音のせいでちょっと早めに起こされてしまって、腹を立ててじっと見てきたのではないだろうか。なんにしても怖いけども。
「ちゃんとね、ちゃんと鍵かけた方がいいですよ。ね。チェーンもちゃんとして、ね。うふふ」
タエコさんが変な人だという認識は加寿子さんにはないようでしたが、わたしがうったえたことに対し、住人をおしなべて庇護するのではなくきちんと警戒してくれた加寿子さんにわたしは恩を感じた。やっぱり加寿子さんあっての加寿子荘だと思う。




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itabashi
能町みね子(のうまち・みねこ)

1979年生まれ。漫画家。著書に『お家賃ですけど』(東京書籍)、『くすぶれ!モテない系』(ブックマン社)、『縁遠さん』(メディアファクトリー)、『オカマだけどOLやってます。』(文藝春秋)などがある。
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