真剣勝負に震える

オンエア用の実況担当で、SMAP×SMAP スター大運動会に
参加させていただきました。
各チームのキャプテンを務めたSMAPの皆さんと
運動会に参加された方々の真剣勝負の熱に震え続け、
魂込めて実況させていただきました。
30日月曜日21時からオンエアです。
画面の前で一緒にリアルタイムで熱くなりましょう!!!
 

投稿:福永一茂 | 20:17 | 個別ページ | アナウンサーのコメント(0) | 福永一茂
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過去を繰り返す
 日本代表の戦いが終わりました。
2敗1分け。勝ち点1。
 
 今回のグループCの顔ぶれについては
「3連勝もあれば3連敗もある」と思っていました。
頭一つ抜けているコロンビアと最後に戦えることが
日本にとって有利なポイントでもありました。
最高の展開は日本とコロンビアが2試合とも勝ち、
3戦目の直接対決では仮にコロンビアに敗れても
主力を休ませたり、試合に出ていなかった選手を起用するなど
有効的に90分を使えるのが理想だと考えていました。

 ところが、初戦は先制しながら逆転負け。
2戦目はチャンスがありながらスコアレスドロー。
数的優位を全く活かせずに勝ち点1を手にしただけ。
そして迎えた今日の試合。
コロンビアは連勝してきて、メンバーを入れ替えるなど
日本がやりたかった展開でこの試合を迎えました。
先制を許し、なんとか同点に追いついたものの
後半は先に点を奪えずに
悲しきタイムアップのホイッスルを聞きました。
 初戦の逆転負け。2戦目ドロー。
背水の陣で迎えた最後の試合でグループ1番の実力チームに大敗。
まるで2006年のドイツ大会をなぞるような戦いぶりでした。

 8年前。
オーストラリアに先制しながら逆転負け。
クロアチアに0−0のドロー(GK川口のスーパーセーブがなければ・・・)
そしてブラジルに先制にしながら前半で追いつかれ、後半に大量失点。
史上最強と言われたジーコジャパンは呆気なく大会を終えました。
中田英寿がピッチに倒れこみ、ブラジルのユニフォームで顔を覆ってた姿は
日本の歴史に刻まれるワンシーンでした。

 あれから8年。
史上最強と言われたザックジャパンには、
デジャブと言えるかのような結果が待ち構えていました。
おそらく多くのサッカーファンも同じ思いを抱いたかもしれません。

 繰り返された戦い。
思えば日本代表は98年グループ最下位、02年ベスト16、06年グループ最下位
10年ベスト16、そして14年グループ最下位と、
交互に同じ結果を繰り返しています。
ならば楽観的に18年は決勝トーナメント確実!などとは
死んでも口には出来ません。
きっと日本代表は強くなっています。
予選突破が夢だった頃からは比べものにならないほどに強くなっています。
ただ、それ以上に世界は強くなっています。
世界の強くなるスピードに日本が負けないためにも、上回るためにも
サッカーに関わる1人1人が
過去から学び、今と未来につながる物を常に意識しなくてはなりません。

 これから次期代表監督選びが始まり、9月には新しき日本代表が
最初の戦いを迎えます。
過去を過去にしないために、また同じことを繰り返さないために。
気持ちの伝わる戦いを日の丸を背負った選手ができているか。
シビアに代表を見る、もうただ声援を送るだけではいられない時期に
日本は来ています。

過去を繰り返すのか、過去を超えるのか。
一瞬一瞬が大切な4年間が始まります。
代表を強くする覚悟はありますか。

投稿:福永一茂 | 13:05 | 個別ページ | アナウンサーのコメント(0) | 福永一茂
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4年に1度願ってしまう事
毎年10月になると必ずこんな事を想像します。
「第1回選択希望選手 ○○(球団名)  福永一茂 投手」
そう、多くの男性なら1度は夢見るあるいは夢見たであろう、
ドラフト会議で指名されるシーンです。

もちろん現実にはあり得ないことは百も承知です。
それでも何かの間違いで「いきなり指名されたらどうしよう」という
どうしようもない考えから始まり、
「背番号は何番を希望しよう」とか「対戦したいバッターは誰かな」など
ドラフト会議直前には、勝手な想像で盛り上がります。

一方、4年に1度必ず想像する事があります。
叶ってほしいと心から願っている事と言った方がいいかもしれません。
「最後にFWカズ、三浦知良。
以上の23名でワールドカップに臨みます」

サッカー日本代表監督ないし選手団団長からの代表メンバー発表。
そのリストの最後にカズ選手の名前がある。
想像しただけでも魂が震えてきます。

1997年11月16日マレーシア・ジョホールバル。
日本代表が岡野のVゴールでワールドカップ出場を決めたあの日。
当時、大学4年生の自分はあの試合をバックスタンドで観戦し、
サポーターとして選手と戦い、あのシーンに狂喜乱舞していました。
国立競技場のセンターサークルでボールに手をあて、
カズ選手が祈りを込めたシーンから最終予選は始まり、
どんな脚本家も描けないような様々なドラマが起こりながら
あの出場決定へとつながっていきました。
「予選ではなかなか結果を出せなかったけど、
本大会では世界相手にゴールを決めてくれるはず」と
カズ選手にずっと期待を寄せていました。

そして、本大会直前のあの記者会見。
「外れるのはカズ、三浦カズ」
驚きで言葉を失うとはまさにこの事だと思いました。
日本のサッカー界に多大なる貢献をし、
新しい価値観すら生み出した選手が、
夢見続けた舞台に出られない。。。
個人的には93年のドーハの悲劇以上のショックを受けたと
記憶しています。

それから02年、06年、10年と
3度のワールドカップ日本代表発表記者会見がありました。
「もしかしたら今回こそは」と期待しながら会見を見ては、
会見が終わるたびに「そりゃそうだよな」と
一人納得してきました。

そしてまたこの季節がやってきました。
次のワールドカップの舞台は、カズ選手が日本を飛び出し、
寂しさと戦いながらプロになった思い出の地・ブラジルです。
ブラジルの地で日の丸を背負って、胸に手を当て、
目を閉じ、国歌を口ずさむカズ選手。その背番号は11。
決して叶わない夢かもしれません。
でも4年に1度願ってしまう事。

まもなく始まるザッケローニ監督の会見を
淡い希望とともに見つめます。
カズ選手のように魂で戦えるはずの
日本の23選手、そのメンバーは果たして。。。

投稿:福永一茂 | 12:36 | 個別ページ | アナウンサーのコメント(0) | 福永一茂
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父と自分の夢

 父・栄助は高校球児でした。
熊本の強豪校で2年生からエースになりました。
2年の夏、3年の夏と県大会決勝では
いずれも1点差負け。
甲子園に行くことは出来ませんでした。
 
 その後、ドラフト外で西鉄ライオンズ入団しました。
選手寮の同部屋はあの東尾修さんでした。
「右の戦力として東尾か福永が出てきてくれれば」と
首脳陣は期待していたそうです。
ファームでも活躍し、1軍での登板も果たしました。
三原監督が西鉄からヤクルトに移籍される際に
一緒にヤクルトに移りました。
当時のチームメイトには大矢明彦さん、若松勉さんらがいました。

 この頃から父は右肩の疲れが抜けなくなり、外野手に転向。
結局、ヤクルトでは投手として神宮のマウンドに上がることなく、
外野手としても神宮ではなくビジター球場で1試合出場しただけで
現役を終えました。

わずか5年での引退。その1年後に自分が生まれました。
プロ野球選手だった父の姿を自分は知りません。
父の影響で野球を好きになり、父の指導の下、
投手を目指しました。
しかし、父のような才能はなく、
父が立てなかった甲子園のマウンドに上がりたいという夢は
高校進学前に諦めました。
夢を諦めさせてくれたのは他ならぬ父でした。

その後、テレビで活躍される逸見政孝さんの姿に憧れ、
アナウンサーを目指し始めました。
また振り返ると小学校の頃に見ていた、
金曜8時のプロレス実況をしていた古館伊知郎さんをアナウンサーだと知り、
よりアナウンサーへの想いを強くしました。

そして高校3年の92年7月5日。フジテレビナイター祭り。
1番好きなスタジアムである神宮球場のヤクルト×巨人戦。
2−4とリードされた巨人は9回表に2アウトから
3番の岡崎郁がフォアボール。
4番の原辰徳に打席が回ります。
5球目をとらえた瞬間に、原はバットを夜空に高々と放り投げました。
起死回生の同点ホームラン。
テレビで見ていた自分はこのシーンに震え、
「フジテレビに入り、いつかナイター祭りで
こんな試合を実況したい」と大きな夢を抱きました。

時は流れ、いくつかの類まれな幸運に恵まれ続け、
フジテレビのアナウンサーになった自分は
くしくも父の64歳の誕生日である4月16日に
ナイター祭りで神宮のヤクルト×巨人戦を担当します。

22年近く前に抱いた夢が叶います。
父がプレイしたかった神宮球場で、
プロ野球選手だった頃の父の姿を想像しながら
魂を込めて実況に向かいます。

「父と自分の夢のナイター祭り」プレイボール!




ってブログを本当はオンエア前に上げたかった。。。

投稿:福永一茂 | 12:43 | 個別ページ | アナウンサーのコメント(0) | 福永一茂
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本気を見届ける
プロとは何か?
アナウンサーとしてプロである事。もちろん職業としていることはその一つ。
それ以上に大事なのは、番組などで伝えた事やしゃべった内容に責任を持つこと。 放送には色々な事がつきもので、 特に生放送や一発勝負の収録などは 自分の予期せぬ事が往々にして起こる。 でもアナウンサーやテレビマンにとって オンエアで出た物が 視聴者に対しての全てであり、 一切の言い訳は許されない。
オンエア前からしっかり準備し、オンエア中も全力でその役割を務め上げ、
オンエアが終わると「もっと出来たんじゃないか」という気持ちに苛まれる。
そしてご覧になった視聴者の方に褒められることもあれば、厳しいご指摘を受ける事もある。
それくらいシビアだからこそ、プロと言える気がする。

サッカーにおけるプロとは何か?
もちろんサッカーを職業としていること。
そして自分のプレーとチームの結果に責任を持つこと。
一つ難しいのは所属チームではなく、国を背負う代表という立場。
代表チームはクラブチームと違って、必ず結果を出さなくていけないゲームは 限られていると私は思う。
日本代表で言えば、W杯予選では本大会の出場権を得ること。アジアカップでは優勝すること
W杯本大会では決勝トーナメントに行くこと。決勝トーナメントに進めば優勝すること。
あと、オリンピックでは金メダルを目指すこと。
これ以外は勝敗うんぬんより内容がどうかという気がする。

今回のコンフェデはどう見るべきか?
個人的には結果重視と思っていた。
W杯を見据えて、3試合をどう戦うか。決勝トーナメントに行くために日本は何ができるのか。
トータル5試合やるためにどう戦うか。
真のプロの姿が見られると思っていた。

ただ、決勝トーナメントへの道は絶たれた。
第2戦のイタリア戦3−4を「大健闘」とか「惜敗」などと手放しで褒めることにはちょっと違和感がある。
一言で言えば、繰り返してはいけない敗戦。
それくらいイタリア戦の敗戦で失った物が大きすぎる。
もし2位通過なら、グループA1位になるであろうスペインと
これ以上ない本気の試合が出来た。
万が一勝てば、決勝で、あの完全アウェイで本気のブラジルともう一度できた。
負けても3位決定戦で南米王者ウルグアイかアフリカ王者・ナイジェリアと
本気の殴り合いができた。
実現していればどれだけ日本の経験値が上がったことか。
このできたはずの2試合を逃したことの大きさは、来年の本大会に
大きな影響を及ぼしてくるかもしれない。

プロとは何か?自分のプレーとチームの結果に責任を持つこと。
ならば次のメキシコ戦で全力で戦うこと、勝つべきゲームで勝つ以外にありえない。
勝つために選手、チームスタッフが何をするか。
23日(日曜)午前4時キックオフ。
能書きはいらない、ビッグマウスもいらない。
ただ、ピッチでのプレーだけ。
結果を出すための日本の本気を、心して見届ける。

投稿:福永一茂 | 15:34 | 個別ページ | アナウンサーのコメント(0) | 福永一茂
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実況+
いつ以来の投稿か思い出せません・・・
(他の方の記事の写真には何度か出たりしましたが)

プレW杯と言われるコンフェデレーションズカップは楽しまれていますか?
思えば4年前、当時「無敵艦隊」と言われたスペインの連勝記録を止めてしまったり、
(実際に止めたのはアメリカですが・・・)
地元・南アフリカの健闘にしびれたりしてました。

今回はいきなりタヒチの歴史的ゴールに当たりました。
(全人口およそ26万人ですから、サッカーの競技人口はどれくらいでしょうね)

このあとはブラジル×メキシコ、ウルグアイ×タヒチ(!)を担当します。

そんなサッカーモードの中、
個人的に歴史的なお仕事オファーがありました。

そのお仕事は
『福山雅治、ドラマ「ガリレオ」と音楽「Galileo+」』のナレーション。
18日火曜深夜24時45分、
19日、20日は25時から、
最終21日はちょっと遅くて26時05分から、それぞれ10分の番組です。
福山雅治さんがドラマ「ガリレオ」に関して様々なテーマに沿って
一人語りするという番組です。
そんな豪華な番組のな、なんとナレーション(!)
大ファンである福山さんの、しかも毎回欠かさず見ている「ガリレオ」のスピンオフ番組。
緊張のあまり、どんな出来になっているか甚だ自信はありません・・・
いつもの実況アナの仕事とは違う、Galileo+(プラスと読みます)ならぬ
まさに、実況+(プラス)なお仕事。
ぜひLIVEでご覧下さい。

投稿:福永一茂 | 18:31 | 個別ページ | アナウンサーのコメント(0) | 福永一茂
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追悼
日米で活躍された大投手、伊良部秀輝さんが亡くなられました。
詳しいことはまだ分かりませんが、42歳でこの世を去ることになり、衝撃を受けています。

実は伊良部さんとは一度、メジャー中継でご一緒させていただきました。
果たしてどんな方なのだろうと緊張しながらお会いしましたが、
その柔らかい語り口、そして野球に対する考え方やゲームを見るポイントなど
一気に引き込まれていました。
「今日のマイク・ムッシーナは完璧に抑えますよ」と先頭バッターを打ち取った後に
伊良部さんがおっしゃっいました。
「どうして分かるんですか?」と伺うと、
「大体3球見ればピッチャーが調子いいかどうか分かるんですよ。
彼の一番のボールが2球続けてこのコースにに決まったから、
今日は打てないですよ」と説明されました。
結果、ムッシーナは快投。確か7回2安打無失点で勝利投手になりました。
「ピッチングはメカニズムだから、この部分とここが連動してないといいボールは投げられない」とか
ありとあらゆるプレー(特にピッチャーに関して)の解説があまりに凄くて、
中継があっという間に終わったことを覚えています。

もし伊良部さんがコーチになって選手を育ててくれたら、一体どんな選手が生まれたのか。
あの野球理論を放送でもっと紹介していたら、野球をもっと好きになる人が増えたのではないか。
色々な事が言われている方ではありますが、日米で彼が残された選手としての実績は
いつまでもファンの心に残り続けるでしょう。
そしてあの卓越した野球観と野球に対する情熱がもっと広く伝わってほしかったと思います。
ご冥福をお祈りいたします。

投稿:福永一茂 | 15:16 | 個別ページ | アナウンサーのコメント(1) | 福永一茂
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届け!

気持ちが伝わる試合でした。いつまでも語っていたい戦いでした。

ご存知の通り、なでしこジャパンがドイツの地でW杯ベスト4進出。
ドイツから初めての勝利を奪い、歴史の扉を開けました。

 可能ならばリピート放送で見ていただければと思いますが、
本当にすさまじい戦いでした。
試合の前後も含め様々なシーンが心に残りましたが、
まず国歌斉唱の際の彼女たちを見て下さい。
やるべき事に覚悟を決め、自分を、仲間を信じている。
こんなにも凛とした佇まいで前を向く彼女達の表情に、
思わず放送席で涙を流しそうになりました。
 タフな戦いを終え、喜びを分かち合い、一緒に戦った仲間をたたえ合う姿。
試合後、いつものように横断幕を手にし、
スタジアムのファンに、映像を通じて世界の人々に、
東日本大震災の際に日本をサポートしてくれた事への感謝を伝える姿。
なでしこジャパンには、
あの震災の影響で活動の場を失った選手や自宅が津波の被害にあった選手もいます。
そしてこの大会には選手達は並々ならぬ決意で臨んでいます。
「サッカーがやりたくてもやれない子供たちがいる。だからサッカーがやれることに感謝している」(澤選手)
「周りの想いを背負っている。頑張っているとみんなに思ってもらいたい」(鮫島選手)

実は、この試合を終え抱いた気持ちがあります。
それは「届け!」です。
一つはこれだけの戦いをしているなでしこジャパンが頂点に立ってほしいという「届け!」。
もう一つは、なでしこの想いが、彼女たちの姿が
東日本大震災で苦しまれている方々に伝わってほしいという「届け!」です。
彼女たちの姿を目にすることが出来れば何かしらの力になるのではと思っています。
もしかしたら前を向くきっかけになる方もいらっしゃるのではないかと思います。
だからもう一度願います。
「届け! 届け!」








投稿:福永一茂 | 12:26 | 個別ページ | アナウンサーのコメント(0) | 福永一茂
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鈴鹿越え?

レース開始から2時間48分。
真っ暗な中、ライトアップされた表彰台。
そしてあのレース展開・・・
今まで担当した中継でも1,2を争う濃いレースでした。

鈴鹿は映像で見ましたが強烈でした。
ただ、今回の韓国もインパクト大です。
日本では深夜1時45分から放送ですが、
夜更かししてでも是非御覧下さい。



投稿:福永一茂 | 21:30 | 個別ページ | アナウンサーのコメント(0) | 福永一茂
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気持ちを一度フラットに

2000年9月、オーストラリア・アデレード。アメリカに2−2からPK4−5。
2002年6月、日本・宮城。         トルコに0−1。
2007年7月、カナダ・ヴィクトリア。    チェコに2−2からPK3−4。
世代こそ違えど国際大会で日本代表が決勝トーナメントに進み、
そしてトーナメント初戦で涙を飲んだゲームです。
相手はいずれも世界の最上級クラスかと言えばそうは思えなかったチーム。
しかもグループリーグの戦いぶりから、きっと勝ってくれると信じていた試合。
でも、結果は違っていました。

南アフリカでベスト16進出を決めた日本代表。
そして決勝トーナメント最初の相手はパラグアイ。
カメルーンに勝ち、デンマークにも勝利した今、
ともすると「次もいけるんじゃないの」と思われる方も多いのではないでしょうか。
でも、そんなに簡単な試合ではないはずです。
2002年のトルコ戦を雨に打たれながらスタンドで見てから、
「日本はこんなところで終わるチームじゃなかった」と悔しさを感じ、
浮かれていた自分を嘆きました。
それ以来、日本のサッカーには厳しい視線を忘れないように心がけてきました。
だから今年も東アジア選手権からずっと日本代表への情熱を抱きながら
なるべくフラットな気持ちで取材してきました。
今回の代表には冒頭に挙げた試合に出ていた選手も多数います。
「自分の中で忘れられない試合」として心に刻んでいる選手もいます。
あの数々の敗戦から、さらにはアテネ・北京の五輪や4年前のドイツでの敗戦から
日本は何を学び、どこまで成長しているのか。
その問いとともにこれからの代表の戦いを見守ります。




投稿:福永一茂 | 21:16 | 個別ページ | アナウンサーのコメント(0) | 福永一茂
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