関根勤の「カマキリファイト」はお蔵入り!
さて「お蔵入り」といえば、僕も「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」時代にいくつかのコーナーVTRを「お蔵入り」させています。自分ではおもしろいと思ったけれども、ボスに認められなかったネタです。それでも日本シリーズの早終プロ(試合が早く終った時にのみ流れるもの)の「やまかつ」の特番で「邦ちゃんのものまね大全集決定版グランプリ」というのを作り、許可をもらってここに未放送のものまねネタを入れました。以下のようなコントです。
・「Wハマーが行く・横浜ロケ編」…MCハマー(ラッキィ池田)とチャーリー浜―(山田邦子)が横浜・山下公園にやってきて、ハマーが横になり「横ハマー」と言ってチャーリー浜―がコケるというネタ。
・「佐藤陽子シリーズ・7人の刑事がやってきた編」…佐藤陽子(山田邦子)・池田満寿夫(ラッキィ池田)夫妻の所に、芦田伸介(関根勤)が「イカキック殺人事件」の捜査にやってきたというネタ。7人の刑事キックVSイカキックで盛り上がったのですが…。スーツの裏地に縫い付けた6人の刑事人形が陽の目を見なかった。
・「エースをねらえ!・スライスサービス編」…宗方仁(ラッキィ池田)が、お蝶夫人(山田邦子)と岡ひろみ(西村知美)にスライスサービスを教えると言い、酢飯をプレゼントして「酢ライスサービス」というオチのネタ。
何となく見てみたいような、でも見なくて良かったようなネタですよね。しかし結局日本シリーズは75分早く終らず、この番組自体が放送されずに真の「お蔵入り」になりました。他にも「やまだかつてない恐怖の百物語」の「後ろに雪女」(間寛平・天野裕子)と「血を吸う出前持ち」(森末慎二)も「お蔵入り」です。「日本列島CM自慢」というコーナーも収録したけれども放送されていません。出演者には悪いことをしましたが、「やはり放送しなくて良かったかなあ」とも思っています。
もう1つあります。僕の「お蔵入り」作品の中では一番の自信作「カマキリファイト」です。これはボスにはウケませんでしたが、主演の関根勤さんには「くだらねえ!」と大ウケでした。どんな作品かといえば、怪獣の二次利用のミニ番組の「ウルトラファイト」(怪獣と怪獣が戦い、それを実況する番組)のパロディで、カマキリ男(関根勤)とイカ男(ラッキィ池田)がセリフなし(鳴き声のみ)で戦い、それを川端健嗣アナが実況するだけというものです。カマキリ男vs人間フラワーロックと2本収録したのですが、「カックラキン大放送」ではみじめだったカマキリ男が毎回勝ち誇らしげにポーズするという、カマキリファンには垂涎のネタです。わざわざ八王子の野原や河原までロケに行きました。でもちょっとマニアックかもしれません。結局放送されなかったので、完成品のVHSを持っているのは僕と関根さんだけです。ちなみに「カマキリ伝説」というDVDには部分使用されているようです。
この「お蔵入り」作品の「カマキリファイト」が、関根勤単独ライブ「関根勤のぐだぐだ言うだけ」で上映されてお客さんにもウケた時は、「僕は間違えていなかったんだ!」という勇気をもらい、とてもうれしかったのを今でも覚えています。
早終プロ
今日は日本シリーズ第3戦・中日vs北海道日本ハムが、18時からフジ系で完全生中継されます。中日ドラゴンズに強い東海テレビだから放送権を獲得したのです。最近は巨人戦ナイターですら放送延長がなくなったのですが、日本シリーズは試合終了まで放送しなければならない約束だそうです。従って、久しぶりに予約録画したのだけれども野球が映っていたというようなことが生じますのでご注意下さい。
この放送では、久々に「雨プロ」(以前書いた「雨プロの数奇な運命」をご参照下さい)も用意されます。18時から19時までが「ハローキティのマナーツアー(再)」で、19時から20時54分が「仰天!女子アナの休日(秘)完全密着SP」という2つの雨プロが用意されています。ドームだから99%「雨で中止」は考えられないのですが、突然台風が来たりしてお客さんや選手が移動できないという事態が起きた時のみ試合が中止になって雨プロが放送されます。実際1997年の「FNSの日」の時にそういうことが起きました。この時は「雨プロ」を用意していないので、そのままスタジオでダウンタウンが他の出演者たちとつないでいました。
今でこそナイターで行われる日本シリーズですが、かつてはデーゲームで行われていました。そしてその時は「雨プロ」だけではなく「早終プロ」というのも用意されていました。「早終プロ」とは例えば放送枠を13時から18時までとかいうように長い時間取っておいて、試合が早く終った時に流す番組のことです。何分早く終ったらというのが細かく何段階かに分けられて、それぞれの「早終プロ」が用意されます。
僕も日本シリーズの「早終プロ」を一度作ったことがあります。「75分早終プロ」の「邦ちゃんのものまね大全集決定版グランプリ」です。75分早く終った時にだけ流れるという予定でした。確か15分おきにいくつかの「早終プロ」が編成されていたと思いますが、「60分早終プロ」や「90分早終プロ」は「雨プロ」用のソフトが流用されていました。でも「75分早終プロ」というソフトはなかったので、「やまかつ」チームに制作依頼が来て僕が担当になったのです。
僕が作った「75分早終プロ」は、今まで「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」でやってきた邦ちゃんのものまねを、「101回目のプロポーズ」にかけて101個フラッシュでオープニングVTRを作りました。山田邦子さんはそれだけ多くのものまねをやっていたのです! そして本編では、「愛は勝つ替え歌」「なんですか」「合成歌謡・1人オールスター」「薬師丸ひろ子」「瀬川瑛子B子」「わけない千ちゃん」などの人気シリーズをまとめたものと、ボツになっていた未公開ネタで構成しました。見ればきっとおもしろいと思いますよ。
75分の「早終プロ」は宝くじの1等に当たるぐらいほとんど流れる確率はないのですが、小畑芳和プロデューサーは直しを細かく指示してきました。レギュラーの仕事もあり忙しかった僕は「どうせ流れないからいいじゃないですか」と心の中でつぶやいたのですが、時間をかけて直しました。でも今見ると「苦労して編集して良かったなあ」とは思います。放送しても恥ずかしくないと思えるからです。そして「プロは手を抜いてはいけないんだ」ということを思い知らされました。
結局、やはり「邦ちゃんのものまね大全集決定版グランプリ」は放送されることなく、幻の番組となって「お蔵入り」しました。ちなみに局には他にも「お蔵入り」している番組がかなりあると聞きます。@出演者に事情が生じて流せなくなったもの、A緊急特番が入って飛ばされて、ネタが古くなって出せなくなったレギュラー番組、B制作したけれどもつまらなかったため流せない2時間ドラマ、C最初から「雨プロ」扱いにしかならず未だに陽の目を見ていない単発特番ものなどです。次回は「お蔵入り」に関して書いてみようと思います。
古代史の仮説B〜蘇我入鹿は本当に大悪党だったのか?〜
僕が「古代史の謎解き」で一番興味があるのは、「大化の改新」から「日本書紀」成立までの間に起こったことの真相です。現存する日本で初めての国家レベルの歴史書である「日本書紀」は、持統天皇に命じられた藤原不比等(ふじわらのふひと)によって編纂されて720年に完成したとされています。そして僕らは、「日本書紀」とその前に編纂された「古事記」をもとにして歴史教育がされてきたのです。だから645年の「大化の改新」で大悪党蘇我氏を滅ぼした中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と中臣鎌足(なかとみのかまたり)コンビは正義の味方だと信じ込んでいたのです。でもちょっと勉強してみると、歴史書というものは中国では昔から権力を握った王朝が編纂するものであるから、「日本書紀」は歴史の勝者である藤原氏に都合の良い歴史書でもあると思えるようになったのです。
そこで僕は古代史の謎を探るため、「日本書紀を編纂した藤原不比等は何を隠したかったのか?」という不比等の立場になって考えて真相を推理しようと思ったのです。つまり、天皇家の外戚となって藤原氏が政治の実権を握ることの正当化のために、抹殺したかったことは何かを考えるのです。それには「記紀」に書かれていることが正しいのかを、遺跡や民間伝承及び他国の歴史書と照らし合わせてみる必要があるのです。そんな観点でいろいろな民間古代史研究家の説も参考にしながら、まだ仮説ですが僕なりに検証していこうと思っています。
さて藤原不比等は何を隠したかったかを考えるに、その最大のことは父親の中臣(藤原)鎌足が中大兄皇子と起こした「大化の改新」の真相だったと思います。僕は「大化の改新」即ち「乙巳(いつし)の変」は蘇我宗本家を滅ぼしたクーデターだと思っています。さらに僕は、「蘇我氏は大王(おおきみ)だったかもしれない」と考えています。つまり蘇我蝦夷・入鹿親子を天下の大悪人に仕立て上げ、自分たちの暗殺を伏せて正当化するという目的があったのです。
「蘇我氏が大王だったのでは?」というのは、遺跡の発掘調査からも類推できます。欽明天皇・敏達天皇・用明天皇の宮ははっきりしないのに、蘇我馬子(551?〜622)の住んでいたという嶋宮は、発掘調査の結果巨大だったのも最近わかっています。また、馬子の墓と伝えられる石舞台古墳という立派な墓(写真参照)も残っています。最近の新聞に「蘇我入鹿邸跡発見」とあった甘橿丘は、蘇我蝦夷(えみし)と入鹿(いるか)が住んでいて、土地の人に「上の宮門(みかど)」「谷の宮門」と呼ばれていたと日本書紀には書かれています。発掘調査はまだまだですが、結構大規模な遺跡のようです。しかも「みかど」です。藤原不比等も民間伝承や地名までは改竄できなかったのでしょう。でも彼らの名は「馬」だの「蝦夷」だの「入鹿」など蔑視しているかのように改竄しています。聖徳太子の幼名・厩戸(うまやど)皇子という名も、馬子の子だと考えるとおもしろいですけど…。また乙巳の変で蘇我入鹿が殺された後、屋敷に火をつけて自害した蘇我蝦夷は歴史書と珍宝を持っていたとも日本書紀には書かれています。これも蘇我氏が大王=天皇だったと言っているようなものです。
関裕二氏の「蘇我氏の正体」という本の中には、「入鹿神社というのが奈良県橿原市にあり、今でも土地の人に祭られている」という記述がありました。現在でもこの地区の人は鎌足が祭られている談山神社の地区の人とは結婚しないそうです。つまり入鹿神社(写真参照)の地区の人は、蘇我入鹿を大悪党だとは思っていないということでもあるのです。むしろ彼らにとっては中臣鎌足や中大兄皇子が悪なのです。
談山神社の多武峰縁起絵巻に、飛鳥板葺宮大極殿で中大兄皇子や中臣鎌足らによって暗殺された蘇我入鹿の首が皇極天皇の方に向かって飛んでいる絵が描かれています。多分皆さんも御覧になったことがあると思う有名な絵です。後年、斉明天皇(皇極天皇の重祚)は蘇我入鹿の怨霊に怯えていたという記述が日本書紀にはあります。つまり怨霊ということは、入鹿が罪なくして殺されたと言っているようなものです。
こうした地域伝承や怨霊の記述が残ってっていることからも、蘇我氏が大悪党だったというのを鵜呑みにするのはおかしいと思うのです。
松坂の先輩の上地雄輔は、高校時代に、さんまと、出会った。
今日は朝からメジャーリーグのワールドシリーズ第3戦を見ていました。松坂大輔投手の投打にわたる活躍に感激しました。途中岡島秀樹投手がホームランを打たれて1点差に迫られヒヤヒヤしましたが、レッドソックスが王手をかけました。今日3安打と頑張った松井稼頭央選手のロッキーズには1勝ぐらいしてほしいです。
さてきのうの「あっぱれさんま新教授」ですが、注目の上地雄輔さんは明石家さんま師匠との戦場でも見事な試合をしていました。キャッチャーだけに明石家さんま投手から投げられる球を見事に受けていたというよりは、さんま監督に見事にいじられて笑いを取っていたという感じです。さんま・紳助という両巨匠を見事に使い分けていじられて笑いを取っているという感じです。
その上地雄輔さんですが、横浜高校野球部では松坂大輔投手の先輩です。後輩の球も受けていたのです。未だに松坂投手からは敬語で話しかけられるそうです。まだ売れる前に一緒に食事に行ったそうで、先輩の上地さんが一応おごろうとしたそうなのですが…。60億の男と60万の男の話もおもしろかったのでお楽しみに。
また横浜高校野球部時代に、なんと上地雄輔さんと明石家さんまさんは出会っていたというびっくりエピソードも披露されました。ドラマのロケでさんま師匠が来ていて、その時に芸能界入りを勧められたとか?! そして10年後のきのうに上地さんはさんま師匠に○○○を…! 感動しました!
この話の詳細も含めて、11月18日の「あっぱれさんま新教授」の放送をお楽しみに! それにしても、明石家さんまさんは島田紳助さんよりもずっと前に上地雄輔さんと出会っていたとは驚きました。
上地雄輔、あっぱれに初登板!
今週は「美術・秋の安全運動週間」でした。安全第一のモットーの下働いている我々美術スタッフは、安全協議会を作って、毎年春と秋に安全運動週間を設けているのです。そして安全意識を高めるイベントをやっています。
この秋の安全運動では、以下の安全イベントが実施されました。
10/22(月) 安全週間全体会議、本社ビルパトロール
10/23(火) ブートキャンプ
10/24(水) 湾岸スタジオパトロール
10/25(木) 池袋防災館体験ツアー
10/26(金) 癒し&リラクゼーションセミナー
昨日の癒し&リラクゼーションセミナーでは職場でできるセルフマッサージをインストラクターの先生に教えてもらえて有意義でした。ブートキャンプは筋肉痛になった人が多かったみたいで、個人的には安全に効果的なのかちょっと疑問です。
さて今日は「あっぱれさんま新教授」の収録です。1本目(11/4OA)のゲスト=聴講生が広田レオナ・真琴つばさ・細川茂樹さんで、2本目(11/18OA)の聴講生がKABA.ちゃん・有坂来瞳・上地雄輔さんです。
「ヘキサゴンUクイズパレード」で大人気となった上地雄輔さんが「あっぱれさんま新教授」に初登板です。島田紳助さんとの戦場ではかなりはまっている上地さんが、明石家さんまさんとのトークの戦場でどういういじられ方をして笑いを取るのか見ものです。さんま・紳助両巨匠ともにハマるタレントさんは少ないだけに、バラエティ界で人気急上昇中の上地雄輔さんが、さんま師匠からどれぐらいの「引き笑い」を引き出せるのかウォッチングしたいと思っております。
浅見光彦シリーズ
今日は僕の好きな「浅見光彦シリーズ」が「金曜エンタテイメント」枠で放送されます。今回はシリーズ第27弾「竹人形殺人事件」です。福井県が舞台のようで楽しみです。
僕は内田康夫(以下敬称略)作の「浅見光彦シリーズ」が好きです。なぜならば日本各地で殺人事件が起き、その土地の名所旧跡が見られるし、歴史の話も絡んできたりするからです。全部は読んでいないけれども100作ぐらいあるのではないでしょうか?
先日15日も「漂泊の楽人」をTBSで見ました。そうです、「浅見光彦シリーズ」はフジとTBSの両方で放送されているのです。同じシリーズが2局で放送されているのは珍しいことです。さらに日本テレビも1987年から1990年にかけて水谷豊主演で放送していました。
浅見光彦役も、フジが中村俊介でTBSが沢村一樹です。共に2代目浅見光彦で、その前はTBSが辰巳琢郎(第1〜13作)で、うちの初代浅見光彦は今は兄で刑事局長の浅見陽一郎役に変わった榎木孝明です。TBSは1994年4月25日放送の「高千穂殺人事件」が最初で、「漂泊の楽人」は24作目ですので、1995年12月8日放送の「伊香保殺人事件」が1作目だったフジの方が多く放送していることになります。
でも「これだけ多くやっているとだぶっている作品はないのか?」と思い、ちょっと調べてみました。すると先週放送の「漂泊の楽人」は、先にフジテレビで1998年7月17日に放送していました。視聴率は16.9%vs18.9%でCXの勝ちです。ちなみに「唐津佐用姫伝説殺人事件」と「平家伝説殺人事件」は日テレも含めて3局で制作していました。
出演者のだぶりも気になり調べてみました。ちなみに「漂泊の楽人」のヒロインはTBSが星野真里でCXが藤谷美紀です。その藤谷美紀はTBSの「小樽殺人事件」にも出ていました。原沙知絵もフジで「日光殺人事件」、TBSで「鬼首殺人事件」に出ています。中山忍も「三州吉良殺人事件」と「隠岐伝説殺人事件」、遠野凪子も「皇女の霊柩」と「藍色回廊殺人事件」、鮎ゆうきも「伊香保殺人事件」と「札幌殺人事件」でだぶっています。床嶋佳子は同じTBSで「隅田川殺人事件」と「佐用姫伝説殺人事件」のヒロインをやっています。藤谷美紀もフジで「漂泊の楽人」の後に「化生の海〜北前船殺人事件〜」のヒロインをやっていますので、フジ2・TBS1の3回と最多ヒロインです。
まだそこまで調べてはいませんが、犯人役をだぶってやった俳優もいるかもしれません。まあこれだけ作品数が多いとキャスティングがだぶるのも仕方ないですね。
軽井沢抜け道MAP
僕の番組企画が最初に通ったのは、「軽井沢抜け道MAP〜国道18号安中付近の渋滞を避けるには〜」という深夜特番(1992.8.3OA)です。「マンデースペシャル」に急に穴が開いたから企画が通ったのが「軽井沢抜け道MAP」だったのです。演出も兼ねましたが、記念すべきプロデューサーとしての初作品です。低予算のオールロケものですが…。
当時は国道18号を通って碓氷バイパスで軽井沢に行くというのが普通でした。ただ週末には国道18号の安中付近は慢性的な渋滞を引き起こしていたのです。僕もゴルフでよく軽井沢やその手前の安中に行っていたので、渋滞を避けられる抜け道を見つけたのです。それでこの企画を考えて企画書を提出していたのです。
高崎北部環状線の上豊岡町北交差点をスタート地点として、通常使うルートである国道18号を斉藤清六・ウド鈴木コンビがオープンカーで、抜け道の406号線をラッキィ池田・サッシィ池田の兄弟コンビがイカキック号(ラッキィさん自前の車)で進み、どちらが先にレースクイーンの待つ軽井沢プリンスホテルに着くかを競いました。僕が見つけた抜け道情報を知らせるとともに、自動車電話(当時はまだ携帯電話がそんなに普及していなかった)も使って2組のやりとりを楽しんでもらうという「渋滞バラエティ」です。
深夜なので冒険もしたのですが、それは当時はまだ誰も知らなかったと思うキャイ〜ンのウド鈴木君を斉藤清六さんと組ませたことです。世間はどうかわかりませんが、関根勤さんには「くだらねえ!」とかなり喜んでいただけましたのでうれしかったです。ウド君が運転しながら助手席の清六さんを「大将!」と呼んで持ち上げたり、「村の時間の時間です」のギャグを伝授されたりのボケとボケのやりとりがおもしろかったです。余談ですが、平出ディレクターが収録したテープには何度も清六さんがウド君と真剣にやりとりを練習している姿が映っていて、それも妙に面白かった記憶があります。
一応情報バラエティでもあるから、抜け道情報は地図とナレーションで詳しく伝えました。またドライブしている映像なのでカーステにかけるのに良いような音楽を曲名スーパーも入れながらBGMとしてかけました。音効さんにナイスなドライビングナンバーを選曲してもらったのですが、1曲だけ自分で選曲しました。オリジナルラブの「ヴィーナス」です。
こんな感じで、笑いは薄いかもしれませんが、割りとタメになる番組が作れたとは思っております。半年後には「渋滞バラエティ」第2弾として「タクシーグランプリ〜都内の渋滞を避けるには〜」もやらせていただけました。
でも今は、その後できた上信越自動車道を使って軽井沢へ行く方が遥かに速いので、この抜け道情報は全く無意味になりました。
企画が通るには!
僕のまわりには若手ディレクターや若手放送作家も多いので、少しでも参考になればと、僕が感じた「企画が通るには!」を今日は書きたいと思います。
いきなり「番組企画」が通るっていうことは「ヤングシナリオ大賞」みたいな公募ものでない限りほとんどないので、まずは自分の参加している番組内で「コーナー企画」を通すことから始めましょう。僕の場合は入社後研修が終って第二制作部に配属されて入った「ザ・わかるっチャー」という海外クイズ番組でADをやりながら、やや慣れた頃に上司のSディレクターに「おいしい水特集をしましょう」と銘柄のリサーチを添えて企画を採用してもらったのが、初めてコーナー企画が通ったものになります。どんなにおもしろい企画を持っていても何の実績がなければ聞いてももらえません。ADとして仕事を覚え、顔と名前を覚えてもらってからやっと企画を出せたのです。
ディレクターに昇格して上司に通った「コーナー企画」は、以前も書きましたが「いきなりフライデーナイト」における「くるりん文シアター」です。「天狗の軍手」「レズたまに股ずれ」などの回文の映像化をしたのですが、これは僕がDになったらやろうと温めていた企画です。名前がエンドロールに出るようになってからやりたい企画だったのです。余裕が出てきたらそういうこと(ネタの温存)も考えていた方が良いと思います。
番組の企画を通すには、編成部のOKをもらわなければなりません。僕の企画が最初に通ったのは、「軽井沢抜け道MAP〜国道18号の渋滞を避けるには〜」という深夜特番が最初です。「やまかつ」のディレクターを2年ぐらいやっていた頃から、自立願望が高まり直接編成に企画を出すようになったかと思いますが、何度も出しては出直しという状態でした。「うれしたのし大好き」をやっている時になって初めて、編成のMさんから「マンデースペシャルに急に穴が開いたから、その企画やっていいよ」と言われて通ったのが「軽井沢抜け道MAP」だったのです。これは通常ルートを斉藤清六・ウド鈴木コンビが、抜け道をラッキィ池田・サッシィ池田兄弟コンビが進み、どちらが先にレースクイーンの待つ軽井沢プリンスホテルに着くかを競うという「渋滞バラエティ」です。この話の詳細は明日にでも。
要するに番組企画が通るには、@何度か持って行き顔を覚えてもらう、Aそれなりの実績を残していないとダメ、という条件を満たしていなければならないのです。「そろそろあいつにやらせてみるか!」という空気を作るのです。外部の方で編成に直接出せない場合は、Aの条件を満たしているプロデューサーやディレクターを通して企画を出せば良いのです。当然ヒット番組を抱えている人に出せば通る確率は高くなります。その人に企画が認められれば、力技で通りやすくなるのです。
B魅力的なタレントを抑えている、という場合も企画が通りやすいです。僕の場合で言うと「氣志團氣志團」がそうです。氣志團がバラエティをやりたいというまだ他でもやっていない企画を持って行ったので、編成にも大歓迎されました。深夜単発なのに通常の2倍の予算を付けてもらえました。結果的にはそれでも赤字でしたが…。「氣志團氣志團」制作秘話についてもまた後日書きます。
しかし、タレント行政のややこしい物件で編成の望んでいないものを出すのは逆効果です。従って、C編成のやりたい企画に乗っかる、というのもあります。御用聞きとヨイショが得意な人にはこの作戦が向いていると思います。編成マンは自分がやりたい企画でも自分で演出できないので、どこかに必ず発注しなければなりません。だからコントロールしやすい所、特に社外制作に有利な手法なのです。社内制作の場合は、D上司の力で通してもらう、というのも力のあるボスに付いた時は有効です。これで成功すれば上司も喜びますから出世したい人にはおすすめです。ただ企画が通ってもいろいろ口出しされるのがガンですが、そのうちそのボスの後継者となれるというメリットも考えられます。Eスポンサーを見つけて企画を出す、というのは民放の場合ほとんど通ります。後は金額によって枠が決まります。ただスポンサーに企画を通す方がかなり大変だと思いますし、結構制約も増えるとは思います。
いずれの場合にせよ、編成マンは自分が通したいと思った企画は全力で通そうと部内プレゼンします。編成部内で多くの賛同を得ないと番組は実現しないからです。つまり編成マンを1人味方に付けると、真剣に部内プレゼンしてくれるから通りやすくなるわけです。1票が2票、2票が3票…になって行けば良いのです。
以上のことを実践していけば、「企画が通る」ようになるのです。企画を通すには運とかタイミングとかもありますので、できるだけ多くの引き出しを持っているのが良いでしょう。そして企画が通って初めて「一国一城の主」として「戦場」に立てるのです。そこから領土拡大して行けば良いのです。僕はあまりうまく行きませんでしたが、若手の皆さんはとにかく頑張って下さいね。
ELT、BSB・・・
今日の「ミュージックフェア21」の収録(11/3OA)のゲストは、Every Little Thing・倖田來未・東方神起・伊藤由奈・Backstreet Boysの5組です。全員の共演ソングはないものの、なにげに豪華です。美術的には雪を降らせる歌もあり、「いよいよ冬が近づいているなあ」と感じさせられます。
さて話は変わりますが、Every Little ThingはELT、Backstreet BoysはBSBとアルファベット3文字で略されて呼ばれています。そんな3文字の略語で呼べるアーティストが2組いるのも珍しいです。他にはDreams Come TrueがDCT、Yellow Magic OrchestraがYMOと略されるのを思い出します。余談ですが、ELTならぬFLTは「ミュージックフェア21」の照明をやっている会社=フジライティングアンドテクノロジーの略語です。
そう考えてみると、世の中にアルファベット3文字の略語ってたくさんありますね。NHKなどの放送局も然りです。ちなみにNHKは日本放送協会を略したものですが、日本発条株式会社もNHKです。英国放送協会の略語はBBCですが、びわこ放送の略語もBBCです。同じBBCでもかなりイメージが違います。ABCが略語の朝日放送もアメリカの3大ネットワークのABC(American Broadcasting Company)と比べたらちょっと小さいです。でもABC=青山ブックセンターよりは大きいかもしれません。また余談ですが、わがフジテレビジョンの略語はFTVではなくてCXです。FTVは福島テレビです。CXはJOCX−TVというコールサインを略したものです。他の放送局がアルファベット3文字で略されているのでちょっと違和感はあります。
僕が出向していたFCCもフジクリエイティブコーポレーションを略したものです。でもFCCと言えば、一般的にはアメリカの連邦通信委員会(Federal Communications Commission)が思い浮かぶはずです。ただ福岡の人はFCCは福岡コミュニケーションセンターという英会話の学校が思いつくのです。KGBも旧ソ連の国家保安委員会の略語が有名ですが、大阪ではKGBは関西学院大学総部放送局でもあるのです。
亀田騒動では、JBCが有名になりました。これは日本ボクシングコミッションの略語です。でもJBCで検索してみると、日本ビリヤード機構、全日本ボウリング協会、日本ビジネスクリエイト、ジャパンビジネスセンター(幕張)、ジャパンブリーディングファームズカップ(ダート競馬の祭典)、Japan Brazil Communication、日本バイオカイトクラブ、新潟情報ビジネス専門学校などが、みんなJBCとして出て来ました。いくら何でもJBCって多すぎです。全日本ボウリング協会は全日本ならオールジャパンでも良さそうですが、ABCとのかぶりの方を気にしたのでしょう。それはそうと、新潟情報ビジネス専門学校がなぜJBCなのかは不思議です。新潟のNはどこに行ったのでしょう。
108人の大コンペ
きのうは「フジテレビ美術企業対抗ゴルフ大会」でした。公式な大会ではないけれども、美術スタッフ108人が参加した大ゴルフコンペです。うちの大坊雄二プロデューサーが「日々“美術制作”という共通項のもと一緒に仕事している若手とベテランが、同じ緑の芝という舞台で共に汗を流し、共に励まし合い、共に楽しむことで今後の仕事にも生かしていこう」という趣旨で、美術協力会社の人たちに声をかけて実現させたゴルフ大会です。去年に続いて2回目の「100人コンペ」です。大坊君は大型ゴルフコンペもプロデュースする「フジテレビ美術の戸張捷」です。
ゴルフ上手の大坊君が幹事だけあって、新ペリアとかではなく18ホールストロークプレーという真剣勝負で競技が行われました。僕も参加しましたが、「がんばれニッポン!W杯バレーでJUMP 百識課外授業」の収録があったのでパーティには出ずに湾岸スタジオに向かいました。
皆さん全く興味はないと思いますが、個人戦で優勝したのは、81でまわった京阪商会の平井文郎さんだったそうです。ドラマやバラエティの収録で使う持ち道具の会社のベテランです。余談ですが、タイアップでないゴルフクラブなども持ち道具です。団体戦は大坊君(個人戦は5位)もいるフジテレビ美術制作局Aチーム(他に河井局長・木村美術制作部長・関口P)が優勝してちょっとブ―イングだったそうです。
ところで、僕のクラブのヘッドカバーはガチャピンムックです。昔「ポンキッキーズ21」をやっていたからセットで買ったのです。今はたぶん製造中止になっていると思います。だから希少価値もあります。ガチャピンムックのヘッドカバーは結構ゴルフ場では目立ちますし、キャディさんにもウケが良いです。しかしきのうは、僕らの組は「セルフ」でした。それでなのかガチャピンムック効果は現れませんでした。
スコアのことには触れたくないので、ガチャピンムックヘッドカバーネタで終らせていただきます。












