プロフィール

清水 淳司
1984年4月1日、フジテレビジョン入社。以来第二制作部12年、FCC7年と主にバラエティ畑を歩む。「いただきます」「笑っていいとも!」「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」「うれしたのし大好き」「ポンキッキーズ〜爆チュー問題」などを担当。4年間の美術プロデューサー生活を経て、現在はライツ開発局 コンテンツ事業センター 映像企画部勤務で、主にバラエティのDVDを企画・制作するプロデューサー。大分県出身

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2007年08月31日(金)

温泉付ランチ

ちょっと遅めの夏休みで大分に帰省しています。大分空港から一路目指したのは、今年新装オープンした「潮騒の宿・晴海」です。隣にあった「チャンコ吉葉」の所にも増築したのです。ここの「えいたろう」でランチを食べるのが楽しみでした。「えいたろう」天刺しセット(1575円)はおすすめです。天ぷらや刺身はもとよりいろいろな小鉢も付いて、しかも入浴できるのです。「潮騒の宿・晴海」露天風呂は海に面していて、別府湾を眺めながらのんびりできるから最高です。さらに湯上がりにはラウンジでコーヒーが飲めます。ここまでがセットの「天刺しセット」なのです。かなりお得です。

大分・別府にはこうした「温泉付ランチ」がたくさんあります。「潮騒の宿・晴海」以外の僕のおすすめスポットは、「天空湯房清海荘」「天空海宴」です。ここの「大分の味御膳」1500円)は、大分名物・とり天だんご汁りゅうきゅうが味わえた上に、海の見える露天風呂に入れて、湯上がりに同じくコーヒーも飲めます。りゅうきゅうとは、ぶりやかんぱちなどを切ったものを、濃口醤油とみりんに漬け込み、生姜やごまをかけたものです。おいしいですよ。

「ホテル白菊」
も良いです。和食なら「浜菊」・洋食なら「ガーランド」「ゆうぎく」に入り、そこでランチを食べたらやはり温泉に入浴ができます。男女日替わりで「楠湯殿」「湯菊殿」という大きな温泉に入れます。もちろん露天風呂もあります。「浜菊」「鯛のあら焚きランチ」1050円)はよく煮付けてあり、刺身や温泉玉子や茶碗蒸しなども付いてうまいですよ。

他にもいろいろ「温泉付ランチ」をやっている所があります。別府だけでなく湯布院にもあります。もちろん入浴だけできる「日帰り温泉」は、かなりあります。でもせっかくですから、皆さんも大分にお立ち寄りの際は、是非お手頃価格の「温泉付ランチ」をお試し下さい。大分の味と温泉を楽しめます!


 

2007年08月30日(木)

ハニカミ王子に期待!

今日から富士桜カントリー倶楽部で始まる「フジサンケイクラシック」には、あのハニカミ王子こと石川遼選手も出場します。「マンシングウェアKSBカップ」以来の優勝を飾れるのか注目です。

石川選手は6歳からゴルフを始めていたそうです。最近のプロゴルファーは子供の頃から始めている人が多いようです。

僕も昔「ダウンタウンのごっつええ感じ」「浜ちゃんのゴルフがんばるぞ」のコーナーのDを担当していたことがあります。当時ゴルフが下手だった浜ちゃんが、小学生ゴルファーとガチンコ対決するというコーナーです。その時に何人か小学生ゴルファーを仕込んだことがあるのですが、ハニカミ王子ポッチャリ王子などジュニア世代の活躍で、ふと「彼らが今どうしているかなあ?」と思いました。それで当時のノートなど見て名前を確認してネット検索してみました。

一番僕の記憶にある、その時最年少で当時7歳だった大沼孝祐君は、「レオパレス21夢実現コンテスト」でゴールドドリーム賞を受賞し、プロゴルファーになる夢のため頑張っている様子をブログで公開していました。孝祐君とは本番終了後にラウンドしたことがあります。7歳の彼の飛距離に負けないように必死で頑張って、割りと良いスコアで上がれたのを覚えていますが、孝祐君は覚えてくれているでしょうか?

当時12歳だった市原弘大君は大人並みに飛ばしていてかなりうまかったのですが、案の定プロになっていました。今年は0のようですが、これまでの生涯獲得賞金額は2976950円だそうです。早く優勝してほしいです。同じく12歳だった塩田美樹子ちゃんも、ネットで調べたら「ゴルフダイジェスト」の「2007ビューティクイーン」に選ばれていました。今もゴルフで活躍しているようです。

このように「ごっつ」に出ていた子供たちは今もゴルフで頑張っていました。石川遼選手だけでなく、ちょっと年上の彼らも要チェックです。


 

2007年08月29日(水)

4年に1度の…

花火といえば僕が思い出す曲は、DREAMS COME TRUE「あの夏の花火」です。ニーヒャが作曲に名を連ねているナンバーでもあります。12年前の夏に豊洲で見た「ドリカムワンダーランド」で、この曲を吉田美和さんが歌っている最中にバックで打ち上げられた花火が忘れられません。僕は「うれしたのし大好き」「あの夏の花火」を撮ったことがありますが、この時はホリクロマキーで花火の映像を合成しました。でもやっぱり「あの夏の花火」は、野外で実際に上がる花火でないとダメです。たとえ10号玉でなくても…。

そういえば今年は4年に1度の「ドリカムワンダーランド」の年です。ドリカムは、4年に1度「ワンダーランド」という「史上最強の移動遊園地」とも呼んでいる大規模なツアーを行っているのです。4年に1度といえば、スポーツ選手にとっては大きな目標のビッグイベントである、オリンピックやサッカーのワールドカップみたいなものです。

そんなビッグイベントの「ワンダーランド」を今年も開催できるドリカムは、やはりすごいです。大規模なコンサートツアーをやるには、チケットが売れないアーティストでは無理だからです。4年に1度の「史上最強の移動遊園地ドリカムワンダーランド」を5回も続けていることは偉大です! さらにチケットを完売させているのはもっとグレートです!! 

おかげで発売日を調べなかった僕は、今年チケットを買いそびれてしまったのです(涙)。 うー、見たい・・・。


 

2007年08月28日(火)

花火の思い出

先日久しぶりに花火大会に行きました。やはり日本の夏の風物詩として花火は最高ですね。ただ花火には詳しいと思っていたけれども、新種の花火が増えていてびっくりしました。

さて花火といえば、僕は入社以来10年ぐらい「大江戸花火まつり」という特番に関わっていました。江戸川をはさみ三郷で花火を打ち上げ、対岸の松戸でそれをタレントが見ながらTV生中継をします。僕の最初の上司の青柳弘邦プロデューサーが花火担当だったので、「ザ・わかるっチャー」のADをやりながら「大江戸花火まつり」のADもやりました。それで丸玉屋さんとの花火に関する打合せにもずっと立ち会っていました。本番の日は、朝早くから現地・松戸に乗り込み、近くの小学校から水を何杯も汲んできて、それに氷を入れて演者さんたちに飲ませる飲み物を冷やしたり、対岸の三郷の打ち上げ現場にいる花火師さんたちにお弁当を届けたりするなど炎天下の中結構大変でした。でも夜になって実際に打合せ通りに花火が上がるとその美しさに感動しました。

その後横澤班に移っても、毎年「大江戸花火まつり」には参加しました。そしてディレクターになってからは、司会が「いきなりフライデーナイト」つながりで山田邦子渡辺徹さんだったので、僕はMC担当をやっていました。生放送はMCの方を向いてカンペや時間出しをしていたので、背中で花火を感じていました。そうです、花火中継なのに花火は見られなかったのです。帰ってからビデオで見るしかなかったのです。

そんなわけで、僕は花火には結構詳しいのです。打ち上げ花火では、「スターマイン(速射連発)」が主役です。夜空に大きなきれいな円を描くやつです。打ち上げる玉の大きさによって開く規模も変わってきます。あと丸玉屋の演目では、斜めに対打ちする「虎の尾」も好きです。空に蜂が舞うように見える「銀蜂乱舞」も良いです。仕掛け花火では「ナイアガラ」が圧巻です。滝のような花火が川面に映るとホントきれいです。

この他に毎年の演目にはなかったけれども、手筒花火というものもあります。愛知県の豊川煙火保存会の人たちが自分たちで作った手筒花火に点火して炎が噴出し消えるまで勇壮に持っているというやつです。日本古来の伝統花火のようで、豊川以外にも何箇所か手筒花火をやっている所があるようです。でも、あの手筒を持つのはかなり勇気がいります。

そんな知識があったので、僕も一度豊川の手筒花火を収録に呼んだことがあります。「うれしたのし大好き」の第4クールの浦江アキコさんが出ていた時です。BLUE ANGEL「明日に向かって」歌収録をするのに、手筒花火を融合させようと思ったのです。僕は野球場に歌セットを組み、そのまわりに手筒花火を持った男たちが勇壮に立っているという画を撮ろうと思いました。しかもホームベースから一周および三塁線と一塁線にはストロボを走らせるという大規模なものです。そんな意図をADさんに伝えて、ロケ地の野球場を探してもらいました。僕は「土のグラウンドの球場を」と指示したのですが、川崎球場(元・ロッテのホームグランド)しか見つからなかったと言われました。「大丈夫なのか?」と聞いたら「手筒花火の人は問題ないと言っているから大丈夫です」とADさんは胸を張って答えたので、「まあ川崎球場ならスタンドもあるし、画になるな」と思い、OKを出してしまいました。

本番収録の日、豊川煙火保存会の皆さんは東名高速を自分たちのハイエースを運転して、冬場なので特別に作った手筒花火を持ってやって来てくれました。そしてリハーサル後本番で、歌の間に実際に手筒花火に点火しました。ものすごくきれいでした。とてもかっこいい画が撮れてうれしかったです。たぶんロカビリーと手筒花火を融合させたのは僕しかいないと自負しています。

でも炎の勢いは予想以上にすごかったです。大丈夫だと言っていたのに、川崎球場の人工芝を焦がしていたのです。後日我々は修繕費を川崎球場に払いました。手筒花火の甘酸っぱくて苦い思い出です。

 


 





 

2007年08月27日(月)

トンカチ王子




毎度「美術Pは見た!」をご愛読いただきありがとうございます。さて、先日アップしたブログで、暑気払い「真夏の王子決定戦2007」で優勝した「トンカチ王子」について詳しく知りたいというオファーが多いので、今日は特別に「トンカチ王子」について詳しくお教えしたいと思います。

「トンカチ王子」
こと清水雅泰くん(23歳)は、東宝舞台代表で「真夏の王子決定戦」に出場しました。局内でも女性ファンが多いイケメン大道具さんです。大道具さんの必需品のかなづち=トンカチをいつも携帯しているから「トンカチ王子」なのです。ホントは業界用語ではトンカチのことを「なぐり」と呼ぶのですが、「なぐり王子」だとイメージが悪くなるから、「ハンカチ王子」にも近い「トンカチ王子」としたわけです。

その「トンカチ王子」の担当番組は「まるまるちびまる子ちゃん」「コンバット」「ほんまでっかニュース」です。今日も「組閣特番」の担当でした。岐阜県出身で、趣味は野球だそうです。岐阜では高校球児だったそうです。

「真夏の王子決定戦」
では「第一印象審査」・「イケメン風船割りゲーム」・「水着審査」・「イケメン借り物競争」という厳しい審査の中、ライバルの「アクリル王子」「バーチャル王子」「イントレ王子」「漏電王子」「鉄骨王子」「盆栽王子」「ハゲカミ王子」を見事に破って優勝したのです。そしてトロフィー(東京タワー)と副賞の「ハンカチ玉子」を獲得したのです。

以上、「トンカチ王子」情報でした。



 

2007年08月26日(日)

モリモリの金メダルへの道

今朝TVを見ていたら、欽ちゃんのマラソンを応援している元マネージャーのお子さんたちという特集をやっていました。それで、ガンで2年前に亡くなられた木村信夫さんのお子さんたちの姿を見たのです。

木村信夫
さんは僕が仕事をしていた当時は森末慎二さんのマネージャーでした。森末さんと同じ体操選手だったので「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」「モリモリの金メダルへの道」に出演してもらっていました。今ちょうどCSフジテレビ721でやっています。

「モリモリの金メダルへの道」
は、もともとは邦ちゃんのものまねコーナーの1つとして始めたコーナーです。森末さんが下唇を着けていかりや長介に扮して、邦ちゃんが毎回誰かのものまねでアイドルと一緒に体操着で出て体操をするという「8時だよ!全員集合」をモチーフとしたコーナーです。木村さんには仲本工事のポジションで出ていただいていました。マネージャーがタレントの森末さんよりワンランク上のすごいワザを見せて笑いを取るという演出意図からでした。そんな感じで「モリモリの金メダルへの道」は人気が出て単独のコーナーに昇格し、シリーズ化されました。西田ひかる・西村知美・生稲晃子・島崎和歌子・田中律子・ribbon・本田理沙・キューティー鈴木・酒井法子・高橋由美子さんなど多数のアイドルに出演していただき体操&ポーズをやっていただきました。これだけ続いたのはタレントの森末慎二さんと一緒に頑張って体操して下さったマネージャーの木村信夫さんのおかげです。

僕は実は今年の春に「いきなりフライデーナイト」の同窓会をやった時に木村さんが亡くなられたのを聞いたのです。美術に異動していたから連絡が来なかったのかもしれません。今朝TVで、木村さんの写真とお子さんの映像を見て、改めて木村さんがもうこの世にいないことを思い知らされました。そして萩本欽一さんの涙を見て、僕も涙したのです。萩本欽一さんの信頼も厚かったのです。ホント良い人でした。そんなわけで僕は「モリモリの金メダルへの道」での木村さんの勇姿を思い出したのです。

 

 


 

2007年08月25日(土)

心地良い疲労感




いやあ、無事「暑気払い」が終りました。もうホントにクタクタです。でもみんなに「お疲れ様でした」と喜んでもらえました。それで心地良い疲労感なのです。

今回の「暑気払い2007美術イケメンパラダイス」は、演出と司会をやらなければならなかったので、かなりプレッシャーは感じていました。ただきのうも書いたように、演出の方は古江君がいたし、司会も中村仁美アナウンサーと一緒だったのでホント助かりました。司会は前半は「3時のあなた」の男性アナ、後半はおこがましくも明石家さんま師匠のポジションでやらせていただいたので、何とかこなせたのです。でも知らない美術スタッフばかりが出演者という完全アウェーの中でもきっちり進行できる中村アナは偉大でした。おかげで「真夏の王子決定戦」では楽な立場でボケ・ツッコミをやれました。ちなみに8人の王子がイケメンとして登場したのですが、お約束としてオチ担当の王子も入れさせていただきました。中でもC漏電王子がかなり笑いを取りました。同じオチ担当のGハゲカミ王子よりも調子良かったです。優勝はちゃんとしたイケメン大道具さんのDトンカチ王子でした。会場の女性客にも満足の行く結果だったと思います。

開会宣言の時は美術幹部の皆さんが、ジョニーデップ・速水もこみち・中尾彬・ダルビッシュ有・木村拓哉・市川海老蔵そして香取慎吾(孫悟空)の順番で出てきて、会場のお客さんの喝采を浴びていました。やはりフジテレビ美術のメイク・衣裳の力は日本一だと実感しました。幹部の皆さんもありがとうございました。

千の風隊の5人による「千の風になって」の歌謡ショーも大ウケでした。ちゃんと腹から声を出して照れずに歌ってくれたからです。これもうれしかったです。

そんなわけで、結構うまく行きました。(「もうこんなじかんだまさき」ははずしましたが…)終って「お疲れ様でした」と言われてうれしかったわけです。つくづく「この仕事はお疲れ様でしたと言われたいからやっているんだ」と思いました。さんま師匠が「お疲れ様でした」とねぎらわれながら戦場から颯爽と日常へ帰っていくような気分も味わえました。そしてみんなでセットのバラシもやった後に飲んだビールが、格別においしかったです。



 

2007年08月24日(金)

暑気払い、いよいよ今夜本番!

今日はいよいよ「暑気払い2007美術イケメンパラダイス」の本番です。朝からセットの建て込みです。普段は大道具さんが建てるのですが、暑気払いのセットは自分たち(フジテレビ・フジアール)で建てるのです。屋台も然りで、仕込みや調理も自分たちでやります。こうして夕方になったら、美術協力会社や社内他部署の方々をおもてなしするのです。そんなイベントなのです。

僕らステージ演出組は午後からリハーサルです。そして18時からの生本番に臨みます。今回の構成はこんな感じです。
 オープニング・・・美術幹部7人がイケメンに扮して登場
 局長挨拶
 社長挨拶
  〜歓談〜
 FAD大賞贈賞式
 美術安全協議会ビデオ「ランボーもの 怒りの衣裳編」上映
  〜歓談〜
 真夏の王子決定戦2007
 締め

今年は「美術イケメンパラダイス」というテーマなので、美術の新旧イケメンがたくさん登場します。オープニングでは、フジテレビ美術のメイク・衣裳の力がいかんなく発揮されそうです。「真夏の王子決定戦」では、トンカチ王子・アクリル王子・鉄骨王子・バーチャル王子など若手美術のイケメンが登場して、真の王子を決定します。千の風隊も出ます。一般非公開のイベントですが、ご来場できる皆さんはご期待下さいね。

僕は今回の暑気払いのステージは演出プラス司会もやらなければなりません。演出は、やはり制作出身の古江君がいるから安心しています。司会の方も中村仁美アナウンサーが一緒にやっていただけるので、心強いです。でも足を引っ張らないかとちょっと不安で緊張しています。

おっと、もうこんなじかんだまさき!






 

2007年08月23日(木)

千の風隊


きのうの高校野球の決勝は、劇的な逆転満塁ホームランで佐賀北高校が優勝しました。野球特待生がいない公立校のチームが優勝してホント良かったです。やっぱり純粋な佐賀県民のチームが勝つのは原点に帰ったようで非常に喜ばしいことです。大分の楊志館高校もそんなチームだったのでもっと上に行って欲しかったけれども、ベスト8でも大健闘だったと思います。

さていよいよ明日は、わが美術制作局のイベント「暑気払い2007美術イケメンパラダイス」です。本番が迫って来て忙しい日々を過ごしています。

「暑気払い」
はいつから始まったか知りませんが、美術で毎年夏にやっているイベントです。最初は屋台を出して飲食のサービスをしていただけでしたが、お台場に来てからはステージを作って、出し物(ショー)をするようになりました。そしてその年に美術制作局やフジアールに配属や異動してきた人たち(新人)が、何か演じなければならなくなったようです。僕も美術制作局に異動になった年の「暑気払い」では、「マツケンサンバ2」をみんなと一緒にやりました。衣裳もメイクもフジテレビ美術ならではの本格的なものでした。でもマツケンをやるのは恥ずかしかったです。

今年僕は演出なので、新人5人の紹介を兼ねたショーも考えなければなりませんでした。5人とも男ですし、今年流行ったものなどを鑑みて「千の風になって」を歌ってもらうことにしました。それも全員お揃いの秋川雅史さん風の衣裳とカツラで、腹から声を出してテノールで歌ってもらう「千の風隊」を作ることにしました。

そもそも僕は、全員が同じキャラに扮して歌ってもらうという演出が大好きなのです「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」では、山田邦子・渡辺徹・関根勤・森末慎二・ラッキィ池田さんの5人にKANの格好をしてもらい、KANコーラス隊を作って「愛はチキンカツ」を歌ってもらいました。また山田邦子・間寛平・関根勤・ラッキィ池田・中山秀征さんの5人に江口洋介さんの格好をしてもらい、江口コーラス隊として「夢ゴコチ」を歌ってもらったりしました。また「うれしたのし大好き」でも、陣内孝則・吉田美和・中村正人・西川隆宏そして三波春夫さんで「みな三波春夫」として「世界の国からこんにちは」を歌ってもらいました。この時は着物の色は1人ずつ変えました。それで歌終わりに順番に「わたくし赤三波春夫でございます」「青三波春夫でございます」・・・という風に陣内&ドリカムが名乗っていき、最後に普通の着物を着ている三波春夫さんご本人が「わたくし、つきなみはるおでございます」と言って陣ドリがコケるという歌謡コントをやったのですが、僕の中では傑作の1つだと思っています。やっぱり5人のうち1人にご本人がいると、全然インパクトが違いますからね。

そんな感じで、奇しくも「千の風隊」も5人になってしまいましたが、今日はそのリハーサルです。みんな素人ですけれども、照れずに大きな声でちゃんと歌えばウケること間違いないと思っていますが…。乞う!ご期待!!



 

2007年08月22日(水)

猪群山ストーンサークルは卑弥呼の墓か?!

CXではバラエティ番組一筋で育ってきた僕ですが、一本だけドキュメンタリー番組を撮ったことがあります。深夜の「NONFIX」の枠で放送した「卑弥呼の金印を探せ!〜国東半島に眠る巨大ストーンサークルの謎〜(1995.2.1深夜OA)という古代史の謎をテーマにしたドキュメンタリーです。大分県の国東(くにさき)半島にある「猪群山(いのむれやま)ストーンサークル」という謎の遺跡をフィーチャーしました。

猪群山ストーンサークル
は西国東郡真玉町(今は合併して豊後高田市真玉町)にある猪群山(標高458m)の東の頂にある巨石群です。登山道から歩いて40分ぐらいかかります。ストーンサークルというとなじみがないかもしれませんが、イギリスにある「ストーンヘンジ」を思い浮かべて下さい。巨石が並んでいる環状列石です。目的がはっきりしない遺跡ではありますが、祭祀遺跡とか墓説があります。日本では秋田県にある「大湯環状列石」が有名ですが、猪群山ストーンサークルに並んでいる石はあんなに小さな石ではありません。猪群山ストーンサークルの方が遥かに規模が大きく、真ん中の4.5mある神体石(メンヒル)を中心にして二重の楕円で巨石が並んでいます。長径は279mあり、径百余歩の条件を満たします。外側は土塁が築かれていて、女の人はここから内側に入ることができません。ストーンサークル内は「女人禁制」の聖域なのです。いつできたかわからない遺跡ですが、彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)龍女が出てくる伝説も残っていて、現代も猪群山麓の七畑地区の住民が毎年一回草刈をして清める「女人禁制」の聖域なのです。昭和35年までは「千把焚き」という雨乞いの儀式をストーンサークルでやっていたそうです。そんな不思議な遺跡の猪群山ストーンサークルですが、大分県からは遺跡として認定されていません。ストーンサークルというものは古墳と違って、学者の研究対象にされないのでしょう。

僕は「猪群山ストーンサークルは卑弥呼の墓ではないか?」という古代史研究家山上智氏の説の下で企画書を作り、番組化することができたのです。山上氏と知り合ったのは「ごっつええ感じ」「なるほど春祭への道」で、ごっつチームがトランプマンのカードを見破れるようにダウジングしてもらうというのがきっかけでした。見た目ちょっと胡散臭そうに見えるのですが、古代史研究家だということで話をしているうちに信用できたのです。そして山上氏の説に僕の意見なども取り入れてもらって企画書を作り、運良く企画が通ったのです。その後ロケハンにも行き、実際に猪群山ストーンサークルを目の当たりにして山上説を余計に信じられるようになりました。

番組では「邪馬台国は宇佐にあり、卑弥呼は猪群山ストーンサークルに埋葬された」という山上説を検証するという形で、須田哲夫アナと山上氏のコンビで検証の旅を進めました。この説に関しては後日「古代史の仮説」で詳しく書きますが、福岡県の神湊(こうのみなと末盧国(まつらこく)と比定することから始めて「魏志倭人伝」に書かれていることに忠実に進みました。通説は東松浦半島末盧国とされていますが、距離も短いし地形も険しいからおかしいのです。高木彬光氏の説もそうですが、神湊こそが一大国(いきこく)から1000里の所だとしました。ちなみにこの地にある年毛神社には「この地が昔万津浦(まつら)と呼ばれていた」と書かれていました。そして香春町(かわらまち)宇佐神宮を経て、その奥宮である大元神社のある御許山(おもとやま)を訪ね、そこから丑寅の方角すなわち鬼門にあたる方向にある猪群山ストーンサークル卑弥呼は埋葬されたのではないかとしました。今でもお墓には墓石が立っているではありませんか? そしてここが卑弥呼の墓なら魏からもらった「親魏倭王」の金印など見つかるはずです。

僕は番組のため真玉町に協力を仰ぎました。町の地域振興課長さんたちが、僕が同じ大分県人というのもあり、町の観光PRのためにもと全面協力してくれました。宿や車も用意してくれ、毎日おいしい真玉の海の幸などをごちそうしてくれました。温泉も付いていました。「魏志倭人伝」に書いている風俗・風習が全部あてはまるような気がしてくるぐらいの歓待でした。

猪群山ストーンサークル
の調査のため、特別に草刈もしてもらいました。おばちゃんたちは土塁の外で我々のためにお茶やおにぎりの用意をしてくれました。また「千把焚き」も再現してもらいました。そして町の教育委員会の学術調査ということで、我々が持ち込んだ地底探査機が金属反応を得た所を掘らせてもらいました。(メンヒルの下は許可されませんでしたが…)遺跡として認定されていないから逆に良かったのかもしれません。三箇所でいずれも1m20cmぐらいの所に反応があったのですが、30cmぐらい掘った所で町の教育長が呼んでいた大分県教育委員会の人に「これから先は地山だから掘っても無駄だ」と言われてストップをかけられました。県の人に言われて町の人もさすがに発掘をストップするよう我々に通達してきました。「なぜもっと深く掘れないのか!地山って30cmで出てくるのか!」と怒りがこみ上げてきましたが、協力を惜しまなかった真玉町の方々に迷惑をかけるわけにも行かず、我々はそこで発掘調査を断念しました。それでも宋銭や土器の破片などは出ていたから本当に残念でした。

卑弥呼の墓
だという実証ができずに須田アナの結果報告を撮り終えて、取材は終ったのです。でも何かありそうな遺跡だと今でも思っています。



神体石(メンヒル)

猪群山ストーンサークル

位置関係

 

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