「やきいもの歌」奮闘記D〜レイナルドさんはニホンゴの歌を覚えていた!〜
僕は「やきいもの歌」が大ヒットしたらと思って「やきいもの歌のルーツを訪ねて」という番組企画書を作って、ロス・コンパドレスを訪ねてキューバへ行こうと考えていました。ロレンソ・イエレスエロとレイナルド・イエレスエロ兄弟の二人とももう70歳を超えているし、緑内障を患っているとか聞いたので、こちらからキューバに行って28年前に来日して「やきいもの歌」を作った理由などを聞いて「フジサワ」の謎解きなどもしようと思ったのです。
残念ながらオリコン初登場63位が最高で「だんご3兄弟」や「およげ!たいやきくん」の足許にも及びませんでしたので、企画は却下されました。そんなこんなで僕の「ロス・コンパドレスにキューバで会って実際に『やきいもの歌』を久しぶりに歌ってもらう」という夢は散ったかに思えました。ところが…。
ニューヨーク支局の安田美智代特派員から「やきいもの歌がニューヨークでも評判だからキューバに取材に行きたいのですが…」という社内メールが届いたのです。日本から届いたビデオを見たのか知りませんが、ニューヨークで「やきいもの歌」が話題になっていたのです。「えっ、ニューヨークでも好評だったとは!」と驚きましたが、非常にうれしかったです。
そんなわけで僕の夢を安田さんに託すことにしました。レイナルドさんの情報などをこちらからも安田さんに伝え、ちょうどキューバに行く予定のあったアオラの高橋政資さんにも協力してもらうことにしました。こうして自分が行けなくても安田さんが「スーパーニュース」の取材でキューバに「やきいもの歌」のルーツを訪ねに行ってくれたわけです。「やきいもの歌」を歌っている映像と「ポンキッキーズ」用のコメントも撮って来てくれると約束してくれ、本当にうれしかったです。
安田さんのキューバロケが終り、ニューヨークから映像が届き、レイナルド・イエレスエロさんがギターを弾きながら家族の皆さんたちと一緒に「やきいもの歌」を歌っている画を初めて見た時は、思わず目頭が熱くなりました。元気な姿とニホンゴを覚えていたのに感動したのです!
その映像に、新たに日本のやきいも屋さんの映像や、歌詞に出てくる土地の実景そしてキューバの実景やピーナッツ売りの映像を入れて2月15日に放送することができました。「やきいもの歌」実写版完結編と言える作品です。1回しか放送していない貴重なものです。今日はレイナルドさんが約30年ぶりに歌った「やきいもの歌〜Boniato Asado〜」の貴重なニホンゴ歌詞を書き起こしてみました。
♪「やきいもの歌」(レイナルド・イエレスエロさんファミリーとなかまたち)
トーキョーニツイタトキ オモシロイコトミツケタ
ソレハアチコチ デキコエルモノウリノコエー
アトデキイテミレバ ソレハヤキイモヤサン
キューバノピーナッツウリ オモイダス
ソレガニホンデハー ヤキーイモ
マチジュウドコデモ (ヤキイモ)※コーラスです
マチジュウドコデモ (ヤキイモ)
en toda la cuidad (ヤキイモ)
en todo Japon (ヤキイモ)
en トキオ (ヤキイモ)
en オオサカ (ヤキイモ)
en キョート (ヤキイモ)
en センダイ (ヤキイモ)
en カスミガセキ (ヤキイモ)
en ギンザ (ヤキイモ)
アキハバラ (ヤキイモ)
コデンマチョウ (ヤキイモ)
ヒノビヤ (ヤキイモ)
en toda la cuidad (ヤキイモ)
マチジュウドコデモ (ヤキイモ)
イラッサイマセ イラッサイマセ (ヤキイモ)
ミナサン ミナサン (ヤキイモ)
ヤキイモ
Yo hablo y todo el mundo dice mismo coro (ヤキイモ)
イラッサイマセ イラッサイマセ (ヤキイモ)
en todo Japon (ヤキイモ)
boniato asado (ヤキイモ)
boniato asado (ヤキイモ)
イーシヤキイモ (ヤキイモ)
イーシヤキイモ (ヤキイモ)
イーシヤキイモ (ヤキイモ)
ヒノビヤ ヒノビヤ (ヤキイモ)
ナカラメグロ (ヤキイモ)
en toda la cuidad (ヤキイモ)
イーシヤキイモ イーシヤキイモ boniato asado
イーシヤキイモ イーシヤキイモ
注)en toda la cuidad…あちこちで
en todo Japon…日本中どこでも
Yo hablo y todo el mundo dice mismo coro…みんなもコーラスしてね
boniato asado…やきいも
ヒノビヤ…日比谷と思われる
ナカラメグロ…中目黒と思われる
CDとは随分歌詞が違いますが、ここまでレイナルドおじいちゃんがニホンゴを覚えてくれていたとはうれしいじゃありませんか! フジサワに代わる地名もナカラメグロはじめふんだんに出てきましたし…。それにしてもロス・コンパドレスのレイナルドさんは、よっぽど地下鉄日比谷線に縁が深かったのでしょうか? また謎が増えてしまいましたね。 <完>
「やきいもの歌」奮闘記C〜そして大ヒットしたのか?〜
そしていよいよオリコンで順位が発表です。あれだけ地道にプロモーションした結果、TV・新聞・雑誌・ラジオといろいろなメディアにも「やきいもの歌」(ロス・コンパドレス)を取り上げてもらい、かなり期待は膨らんでいました。余談ですが、僕が最初に仕掛けたやまだかつてないWINKの「T−intersection〜あなたに戻れない〜」はCD化が遅れたので初登場10位でした。だからPR大作戦が割りとうまくいった今回は、結構期待していたのです。
しかし、結果はオリコン初登場63位でした。ちょっとというかかなりがっかりでした。J−WAVEのクリス・ペプラーの「TOKIO HOT100」でも最高位51位でした。しかしペプラーさんが「ヤキイモノウタ ロス・コンパドレス」と紹介した時はその声に聞き惚れました。発音がシブいんです。あの二枚目声を聴けたので、ランクインして良かったと心底思いました。他にはインターネットで調べると、秋田放送で10位とか地方のレコード店で3位にランクインしている所とかはありましたが…。
そんなこんなで、かなり壮大な「やきいもプロジェクト」を組んでプロモーションしたのに「やきいもの歌」は大ヒットしなかったのです! 普通あれだけいろいろな媒体に露出すれば当たるはずなのですが…。敗因を分析するに、キューバ生まれの「やきいもの歌」は洋楽扱いだったのでレコード会社のプロモーション費がかなり少なかったというのもあります。オリコン上位に食い込むのは宣伝費の多い邦楽の方が有利なのです。それよりも何よりも、やはり本体「ポンキッキーズ21」の視聴率が2〜3%しか行っていないのでは「およげ!たいやきくん」の夢再来なんて、砂上の楼閣であり絵に描いた餅だったのです。
その後年を越えて、「やきいもの歌」DVDも発売され、ローソンで「やきいもの歌あんぱん」なども売られ、「やきいもの歌」ぬいぐるみキーチェーンなど商品化もされましたが、「やきいもの歌」CDの順位が上がることはありませんでした。
というわけで、今でも「やきいもの歌」を知らない人が多いのはこうした結果からなのです。やまだかつてないWINKみたいに「ゴールデンの番組で仕掛けないと無理なのだ」と実感しました。ここに僕は「ポンキッキーズ」の限界を感じたのです。そしてバラエティで成功したいという夢実現のため、離れる決意を固めたのです。
僕は「やきいもの歌」がもしヒットしたら、キューバに行ってロス・コンパドレスの2人のおじいちゃんに会いたいという夢を持っていました。「やきいもの歌のルーツを訪ねて」というドキュメンタリー特番の企画書も用意していたのですが、さすがにオリコン最高位63位では提出できませんでした。
そんな風に夢をあきらめていた時、キューバロケの話が飛び込んで来たのです。その話はまた後日!
「やきいもの歌」奮闘記B〜やきいもプロジェクトでPR大作戦!〜
今日11月14日は、「やきいもの歌」のCDが発売されてちょうど5周年になります。今日はCDの大ヒットを狙って僕が立ち上げた「やきいもプロジェクト」の奮闘ぶりをお話しましょう。
キューバ人デュオのロス・コンパドレスの「BONIATO ASADO」の2番の怪しげなニホンゴ詞を、「やきいもの歌」としてシングルカットで発売できると決まってからは、僕はまずやきいも屋さんに曲をかけてもらおうと思いました。「およげ!たいやきくん」「だんご3兄弟」まで行かなくても、「ポンキッキーズ21」の視聴率アップにつながればと思ってです。夜の銀座の街角にいるやきいも屋さんに接触してカセットテープを渡し、かけてもらうことには成功したのですが、やきいも屋さんは一匹狼が多くて組合もないとわかったので、次は老舗のいも問屋の川小商店に、ワーナーの中村氏とともに音を持って行きました。幸い社長が早稲田大学の先輩だとわかり、自分の範囲で協力してくれることになりました。しかしライバルの「きのこの唄」のように、全国のスーパーで流れるようにならないと多くの人の耳には残らないと焦りました。
僕は当時「ポンキッキーズ21」では、MD(マーチャンダイジング)担当だったのですが、ある日FCCに売り込みを兼ねてイベント担当者と打合せに来ていたディーライツの方々に、逆に「やきいもの歌」を売り込んだのです。イラストを見せながら曲を聴いてもらっいました。すると彼らは気に入ってくれ、一緒にローソン(同じ三菱商事系)の本社に売り込みに行くことになりました。
いやあ、さすがに緊張しました! 僕はローソンのお偉方の面々の前でアニメ用の画(まだアニメは完成していなかったのです)を見せて「やきいもの歌」をプレゼンしました。すると奇跡は起きました! 本部長がおもしろがってくれたのです。かくして大きなキャンペーンまでは行きませんでしたが、「やきいもの歌」が全国のローソンの店内放送やLOPPIで流れるようになったのです。ローソンのホームページでもヤッキィ芋田の振付が見られたり、中谷野乃さんのイラストを壁紙としてダウンロードできるようにもなりました。こうしてコンビニでの全国展開には成功したのです。
地方自治体にも売り込みました。さつまいもの産地として有名な千葉県の栗源町と大栄町の「いもまつり」に、ヤッキィ芋田さんをはじめガチャピン・ムックをなど連れて「やきいもダンス」を町民と踊りました。ロケを兼ねてですが、両方の町とも協力的で盛り上がりました。
他のメディアへの露出にも力を入れました。まずはJ−WAVEです。僕が初めて「BONIATO ASADO」を聴くきっかけを作ってくれた「GROOVE LINE」に逆輸出しました。また、コニーちゃんの声をやっているクリス智子さんの「ブームタウン」をはじめ、ヘビーローテーションに準ずる扱いでCD「やきいもの歌」をかけてもらいました。雑誌では週刊新潮が真っ先に取り上げてくれました。新聞は夕刊フジや産経新聞のグループ紙はもとより、東奥日報や南日本新聞などの地方紙も「食べ物ソング特集」として記事を書いてくれました。地方紙だけではありません。朝日新聞も取材してくれ、「青鉛筆」というコラムで書いてくれました。朝日の英字新聞にも載りました。読売新聞の夕刊にも紙面の半分ぐらいの大特集をしてもらえました! 毎日新聞だけ食いつきませんでしたが…。
もちろんテレビは「ポンキッキーズ21」でヘビーローテーションをかけました。かつて半年間スタッフだった「めざましテレビ」にも売り込み、「メディア見たもん勝ち」で取り上げてもらいました。また「スーパーニュース」からは取材依頼がありました。
こんな感じでメディアの食いつきも良く、「やきいもプロジェクト」はお金もさほどかけずに満足の行くプロモーションができ、CDの発売日を迎えました。目指すはオリコン上位です。ワーナーからもレコード店への出荷も順調だという報告がありました。
期待は膨らみます。この結果は如何に? また後日!
「やきいもの歌」奮闘記A〜目指せ!たいやきくん〜
さて今日は、キューバ生まれのヘンなニホンゴの歌の「やきいもの歌」(ロス・コンパドレス)のアニメーションビデオクリップが完成するまでをお話しましょう。
オーディションの結果、中谷野乃さんたちまだ無名だけど才能あふれる20代の面々と「チームやきいも」を組んだ僕は、さっそく野乃さんたちと打合せして、「やきいもの歌」の歌詞に合わせてキューバ人といろいろな擬人化されたイモのキャラクターを描いてくれるように頼みました。そして数日後に中谷野乃さんから大きな封筒が届きました。中には僕のリクエストしたキャラクターのイラストがたくさん描いていました。こちらが予想した以上の素晴らしいキャラクターが満載でした。オーディションで送って来た「物悲しいイモ」から進化していました。それを松田君たちにさっそく送り、彼らがデータ化した後、アニメーションにしていったのです。アニメは何度か見せてもらって修正してもらい、それを編集して完成しました。
僕は初めてアニメを制作したのですが、すごく納得の行く素晴らしい作品となりました。CD発売前に「ポンキッキーズ21」に流し始めましたが、視聴者の評判もかなり良かったです。よって「およげたいやきくん」みたいに何回もこすれます! もっとも歌のPVでもあるから、そうじゃないと困るわけですけれど…。
ここで「やきいもの歌」に出てくる主なキャラクターをご紹介しましょう。まずは日本にやって来て「やきいも屋さん」を見て驚くキューバ人2人組(デュオ)ですが、向かって左から「ロスコン」と「パドレス」です。安易なネーミングでしょ? この2人が「en todo Japon(エン トド ハポン)」の「ポン」で煙が出て、「イモ・コンパドレス」に変身し、曲のエンディングではキューバに戻り「YAQUIMO」を売っているというストーリーにしました。ちなみに最後に夕日をバックにおならをするのは「プー太郎いも」です。
あとポイントとなるので凝ったのが、あの怪しげな歌詞に出てくる地名の所にいるイモたちです。最初の「アキハバラ」には電化製品を買っている外人イモ、次の「ギンザ」にはセレブなイモが登場。「キョート」には舞妓イモ、「トキオ」にはサラリーマンイモが出てきます。続く「フジサワ」にはサーファーイモが出ます。でもなぜ「藤沢」なんでしょうか? 「やきいもの歌」における最大の謎です。おかげで背景画を描いてもらうのに困りました。結局JR藤沢駅なのですが…。最後の「オオサカ」は道頓堀に飛び込むタイガースファンのイモです。他にも細かいキャラは登場しますが、以上が大体のラインナップです。是非DVD「やきいもの歌」(2003.1.29発売)のフルサイズバージョンでお試し下さい。それぞれのキャラの名前もわかりますよ。ちなみにここだけの話ですが、最後には「ロールスーパーを流すな」とボスに言われたので「やきいもプロジェクト」のメンバーのイモ化した似顔絵を入れておきました。
ところで「やきいもの歌」は振付も作りました。ラッキィ池田さんにヤッキィ芋田としてやってもらったんです。それをもとにして「やきいもダンサーズ」が踊るダンスバージョンのアニメーションも制作しました。これもかわいいですから是非御覧下さい。DVDにも「ヤッキィ芋田の振付教室」が入っています。
こうして約30年前にできた「BONIATO ASADO」こと「やきいもの歌」は、その後に生まれた世代の女性が描いたイラストをベースにしたアニメーションとして甦ったのです。僕はこれを引っ下げてCDプロモーション活動に励むのです。「目指せ!およげたいやきくん」いや「目指せ!だんご3兄弟」の目標を掲げて、いよいよ「やきいもプロジェクト」の本格始動です! これに関してはまた後日。
「やきいもの歌」奮闘記@〜キューバ生まれの日本語の歌を掘り起こせ!〜
秋も深まり、そろそろ「やきいも」がおいしい季節になりましたね。街では石焼いも屋さんも見かけるようになりました。
さて「やきいも」と言えば、僕は真っ先に「やきいもの歌」を思い出します。5年前に僕が「ポンキッキーズ21」で仕掛けたあの曲です。トーキョーニツイタトキ〜で歌い始めてイラッサイマセイラッサイマセなど怪しげなニホン語のあふれる名曲です。しかも秋葉原・銀座・京都・大阪などに加えてなぜか藤沢という地名も出て来るフシギな歌です。キューバ人デュオのロス・コンパドレスが約30年前に作った知られざる名曲「やきいもの歌」は、カラオケで歌えば必ずウケるナンバーでもあります。
この曲をJ−WAVEの「GROOVE LINE」で初めて聴いた時、僕はぶっ飛んでしまいました、さすがピストン西沢さんの選曲です! 思わず車を止めて、曲名をメモりました。「これだ!」と思ったのです。すぐにキューバ人がやきいも屋さんを見て驚いているアニメの映像が頭に流れてきたのです!!
リサーチした結果、「Los Compadres」というキューバ人デュオのアルバムの中に収められていました。ロス・コンパドレスとは、ロレンソ・イエレスエロとコンパイ・セグンドの代わりに加入したレイナルド・イエレスエロの兄弟デュオです。1976年に録音された「BONIATO ASADO」という曲の2番が、怪しげなニホン語の歌詞になっていたのです。専門的に言えばキューバ人にも人気のある「ソン」というジャンルの曲で、「南京豆売り」みたいな物売りソングだそうです。
僕は「BONIATO ASADO」の2番のニホン語歌詞を「やきいもの歌」として「ポンキッキーズ21」で流すべく、小畑芳和プロデューサーに打診しました。曲を聴いてもらったらすぐにOKがもらえましたので、まずはニホン語部分をシングルカットしてCDを発売すべく、ワーナーミュージック・ジャパンに接触しました。先方も乗り気で、担当の中村真氏とタッグを組んでCD化を進めました。キューバ音楽に詳しいアオラの高橋さんも協力してくれ、CDが出せることになりました。2002年11月14日発売が決定したのです。
あとは「ポンキッキーズ21」でも流すアニメーションビデオの作成です。僕はどうせなら若い人たちと仕事をしようと思い、ADの関谷さんのツテで、デジタルハリウッドなどの学生さんやまだ売れていないCGクリエイターから、曲を聴かせてキャラクターを考えて送ってもらうというオーディションを実施しました。するとパソコンで作ったキャラのデータでなく、デジタル時代には珍しく1人だけ「物悲しく立っているイモ」の画(写真参照)を描いて郵便で送ってきたイラストレーターがいたのです! どこかもの悲しい曲調にもピッタリで、「なんだ、これは?!」と思わせたその人こそが、中谷野乃さんなのでした!
結局僕は、中谷野乃さんのイラストをベースにしてアニメーションを作ろうと決めました。そしてやはりオーディションを受けていた松田君と根本君と笹生君をアニメーターとして採用することを打診したのです。彼らの快諾を得て、僕以外は全員20代の「チームやきいも」が発足したのです。続きはまた後日。























