受け取りべた。

12月08日(木)
今朝もとくダネ!の性格診断で、『やせ我慢』と診断されましたが、

いやはや。本当に。



まもなく誕生日なので、オットがリクエストを聞いてくれるのですが、、、とくにない。
思いつかない。
謙虚ぶってるわけでもなし。


そして、オットも、毎年とくに欲しい物はないんだよぉ、と応えてくるので、

ここ数年贈りあってない。


結婚記念日やクリスマスはお祝いしているものの。



もれなく、わたしの母も同じく、、、特にいらないわよぉ、気持ちだけでと返ってくるので、食事したり、時間を共有することで、積み重なってる。

それはそれで、無理してるわけでも、やせ我慢してるという自覚もないので、とやかく思わないのですが、

唯一、なんの遠慮もなく、リクエストしてくるのが、父です。

あれがいいなぁ、
これがいい、と明確です。

そして、わりと、オオモノです。笑


一瞬、はい?!と思うことはあるものの、結局、それを気に入って得意げに使ってくれていると、贈った方も満たされるのですよね。

あぁ、喜んでくれてよかったなぁと。


わたしは、受け取りべたなのだと思います。なんか、申し訳ないなぁーと思っちゃうのですが、せっかく贈ってくれる気持ちも、損ねてしまってるのかもしれないです。


今年は、ちゃんとリクエストしてみよう。


受け取りべたは、たぶん、モノに限った話でなく、人の優しさやちょっとした心配も、受け取れてないのかもしれないです。

結局のところ、いま一番ほしいのは、たった1日でいいので、
何も締め切りのない日を過ごしたい、、、、
時間を気にしなくていい日、というのかしら。
朝、家族を送り出して自分も出るだけで、なかなかのエネルギーですもん。笑


いやぁ、結局モノじゃないのかなと思いつつ、受け取る!意味でも、カタチあるものにしてみよう、、、。よしっ。










ありがとうでいっぱい。

12月04日(日)
毎日、毎日、タスクが多いのには慣れてはいるものの、今週は肝を冷やすこともあり、、、周りに助けてもらってるなぁと実感することばかりの1週間でした。


ちょっと話を聞いてくれる同僚たちや、手を貸してくれる仲間たち、そして、うちの子のついでにちょっと用意しておくよと助けてくれる母友たち。
土曜日の人気の少ないアナウンス室でぽつり、だれかに優しくされたい、、、と呟くわたしに、チョコを6粒くれた佐野先輩。
そして、なにより、共演している百戦錬磨の芸人さんや、スタッフの方々。



おっちょこちょいでがさつだからこそ、先々、ちょっと先どり準備の生活をするよう心がけているのですが、失敗も多々。


心底焦ると、表情を失うものですね、、、。

しどろもどろにもなりますし。


会社帰りに、正確には隣のショッピングモールで、英語劇で使うウサギの衣装をゲットして、息子のロバの衣装は母友が用意してくれて、
無事に週末を迎えております。


師走は、仕事も、子ども関連の行事も多いので、落ち着こうと、肝に命じます。








お台場のグローバル人材

11月27日(日)
お台場は、外国人観光客の方も多いので、おそらく、そのニーズもあるのでしょう、
様々な国籍の方が、コンビニや飲食店はじめ、いろいろなお店の店員さんとして働いています。
以前は、アジアの方だなぁと風貌と名前でわかったのが、いまは一見するだけではわからない。

今度聞いてみよう。


キビキビとオーダーをとり、複数のタスクをこなし、日本円で会計し、といった一連の作業を見ていると、見事だなぁと惚れ惚れします。


外国で、そこに居住するひと相手に、外国語で仕事するって、なかなか足がすくみますもん、、、。



台場ではありませんが、我が家の近くの焼肉店は、奥様が中国の方でご主人は韓国の方、小学生のお嬢さんは日本語の達者なネイティヴスピーカー。

国際結婚のうえに、異国で開業するって、これまた頼もしいなぁ、、、と。


学生時代にやり残した悔いは留学、、、と思っていたにもかかわらず、


すっかりドメスティック&コンサバな自分に、驚きます。


日本て、住みやすくいい国だなぁと実感するのもありますが、だんだん、変化に臆病というのか、億劫というか、、、、これまたどうした?と思う自分がいるわけです。笑










特別な1日。

11月25日(金)
きのうは、久しぶりに、夜のお出かけ。

会社からの帰り道、都心へ向かうことも、久しぶりに歩く骨董通りも、新鮮。

知らない店ばかりになっていて。

それだけでも、妙に興奮やらトキメキやら感傷やら、こころが忙しい。

お出かけの目的はジャズライブ。

大学のジャズ研の先輩が渡米し、いま、ジャズハープ奏者になって、日本で久々のライブ開催なのでした。


ハープというと、優雅な仕草で美しい単音を鳴らす女性をイメージするのですが、
ハープの概念が変わりました。

時に打楽器のように叩いたり、時に複雑なコードを押さえたり、と、先輩は新たな弾き方を探求し、それを曲にしている。

聴きながら、20年以上前の光景が蘇ってきました。

合宿で、キース・ジャレットのピアノを聴かせてくれながら、
きれいですねぇと、薄っぺらな感想しか言えず、ただ、昼寝ばかりしていた、居るだけ部員のわたしに、

きれいなものは、眠気を誘うんだよなぁと呆れもせず、そのまま居させてくれていた先輩。

自分の好きなことをやり続けて仕事にするのは、そんじょそこらの、好きという気持ちだけではできなかっただろうなぁ、、、と想像しながら、

奏でられる音楽は、純度が高い美しさで、

きっといつも魂のどこかで、この透明なのに芯のある強い何かを求めてきたんだろうなぁと、感動したのでした。

集まったのも、懐かしの先輩後輩。

当時、自分の薄っぺらさコンプレックスで心を閉ざしていたので、ちゃんと話すのも初めてのような人もいるのですが、でも、ともに過ごした懐かしい断片が蘇ってくるから不思議です。


大学生なのに、太陽のもとには集まらないことを選ぶ人たちは、それぞれ、キョーレツな個で、それぞれおもしろそうに生きている。

見た目にも、中身も、変わることも変わらないこともありながら、仕事を離れてつっこみ合えるのが、ほっとするひとときでもありました。

あのころは、40代なんて想像もつかなかったし、いまは、あのころ想像していなかった日常を送っている。

これから先も、固執や思い込みや、起きてもいないことへの不安を手放せたら、いま思っていない未来を創っていけるのかもしれないです。

 

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