暮らし。営み。

06月30日(土)





きのうの続きです。

かつての名取市・閖上の地の航空写真をバックにお話してくださる丹野さん。


かつて、この地には人の営み、毎日の暮らしがあったんだなぁとわかります。

今は、すっかり何もなくなり、かさ上げ工事が行われていました。

あまりに光景が刻々と変わるので、地元のドライバーさんたちにとっても、道がわからなくなることがしばしばあるそうです。






津波の被害が壮絶だなぁと改めて思ったのは、大切な人を亡くす辛さはもちろんですが、その人が使っていたもの、遺品、、、全てが流され、なくなってしまうということなのでした。町中を歩いて回ったけど、何も見つからないまま、瓦礫として撤去されていったと。


息子がこの世に生きていたという跡を残したい。
その想いで、通っていた学校に触れられる慰霊碑を作られたそうです。


数名の名前が彫られていて、訪れる人の手の温もりが伝わるように、丸みを帯びたかたち。

いずれ名前が薄くなるくらい、みなさんに触ってもらいたいとおっしゃってました。

今回は伺えなかったけれど、次に宮城に行くときは、訪ねたいと思っています。





考え、動き続けたいこと。

06月29日(金)
今週半ば、仙台に研修に行ってまいりました。
被災地仙台で、災害報道のあり方を考える。

頭も心も熱くなる時間でした。
全国各地の大ベテランから若手まで、アナウンサーという1つの職業でカテゴライズされた仲間たちが、自分たちの使命をともに考える。


最終日に聞いた、「閖上の記憶」語り部の丹野祐子さんの記憶は、多くの気づきを下さいました。

丹野さんは、義理のご両親と、当時中1の息子さんを津波で亡くされています。

生で聴く肉声と、表情と、言葉と。

わたしは同じ体験を共有した当事者じゃないのに、目の前にありありと光景が浮かび、母親としての無念さが胸を突き刺し、もちろん、丹野さんご自身が向き合い続けてるもの全部は想像し得なくても、、、でも、語ってくださるからこそ、知る気持ち、受け取れる気持ちがたくさんありました。

壮絶な辛い体験をされた方が共通しておっしゃるのは、同じ想いを人にさせたくない、自分の経験を未来への遺産にしたいということです。

そのことに感謝しながら、全身全霊で聞きたいと思います。

そして、わたしたちアナウンサーに緊急時に何ができるか。
自分の大切な人に振りかかっていることだとしたら、、、という大いなる想像力で、具体的な行動を促し、その時点で想定し得る被害をイメージできるような言葉が必要なのだと、改めて思う次第です。

わたしたちにできること、、、考えることを諦めてはいけないです。

たくさんの感謝をこめて。






超一流のひとびと。

06月25日(月)
今日は、パラリンピック応援プロジェクト、「PARA-DO 」トークショーの司会をしてまいりました。

あぁー、もっと時間ほしい、、、と終わり時間を無視したくなるほど(笑)、もっと聞きたい気持ちになりました。

ゲストは、パラリンピアン、走り幅跳びの芦田創さん。
そして、聞き手には前園真聖さん。

右上肢機能障害で、右腕は五年生頃のまま成長していない。
左手は、いわゆる体格のいい成人男性そのもの。
身体の左右バランスは、左側に2リットルのペットボトルを抱えて走っている感覚だそうです。

幼い頃にデスモイド腫瘍とわかり、あまり運動はするなとセーブされながら、毎年手術を繰り返す生活。

でも、走ると速かったし、スポーツは楽しい!とは思っていたそうです。

いよいよ右腕を切断しなくてはいけない局面に立たされて、決断したといいます。

どうせ腕がなくなるのなら、好きなことやったるで!
それが陸上だったそう。

好きなことをやると決めたのが功を奏したのか、病気も劇的に回復し、高校ではいわゆる健常者と同じチームで練習し始めると、そこからは楽しいけれど挫折感も相当味わったと。なかなか結果がついてこない。記録では太刀打ちできない。でも、障がい者のカテゴリーで試合に出ると、努力せずとも勝ててしまう生温さを感じる。
その気持ちを、誰とも分かち合えない。

どこに向かって燃えていいのか、、、わからなかったのだといいます。

変わったのは、大学後半から。

障がいに甘えるなよ、という今のコーチの初対面の一言でスイッチが入ったそうです。

芦田さんの潜在能力を見越してこれを言えるコーチも、奮起する芦田さんも、、、心からすごいなと思う。


前園さんのアスリート的視点で引き出される話の中にも散りばめられていましたが、

いいことばかりじゃない、逃げ出したい、実際逃げようと思った、笑 追い込まれるプレッシャーの半端なさ、自分のためだけではなく、たくさんの誰かのためを背負う覚悟。


アスリートは孤独であるとおっしゃってましたが、、、確かになぁ。

当たり前だけど、誰も代わりに試合には出られない。
わたしなぞ、世界を見据えて勝負するため、追い込めるだけ追い込んだこともない。

超一流のひとびとしか味わえない境地や、見られない景色があるのだろうけれど、それは孤独というのか、孤高であることと対になるのだなぁ、、と、思った次第です。

そして、芦田さんは孤独ということをとても明るく楽しそうに口にされる、おもしろいお兄さんでもありました。

生きることに燃焼している人は、まぶしいです。

芦田さんは以前、PARA-DOの番組で、一流のアスリートになりたいと答えていました。
一流とは、自分の考えなどを人前できちんと話せて、人にいい影響を与えていける人だと。

アスリートに限らず、すごくステキな定義ですよね。
人にいい影響をもたらせるひと。

わたしも、今日、たっくさんの前向きなエネルギーをいただきました。
正直な気持ちが人を動かすということも。

パラリンピック、たくさんのストーリーを知ってこれから応援したいです。














遅ればせながら。

06月22日(金)
大変遅ればせながら、大阪で被災されたみなさまに、お見舞い申し上げます。


親戚や友人も大阪や兵庫に多く、あの阪神淡路大震災を思い出して、本当にこわかった、、、という声をたくさん耳にしました。


ちょうどその日、電車に乗るたった1時間くらいの間に、人身事故に2件遭遇しました。遅延を詫びるアナウンスを聞きながら、ものすごいやるせなさが押し寄せました。
事故の理由や、具体的にどんなことがあったのかは、詳細はわかりません。

でも。

天変地異の前では、人は無力ですらある。
人為的に防げる努力は最大限やるしかない。


生かされている間に、精一杯生きることはできる。

しかし。
生きることを辞めたくなる気持ちは、、
悲しすぎる。
人にはわからない事情があるにしても。

美しいきれいごとかもしれないですが、この世に命を受けた人が、みんなどこか居場所を見つけて、支え、支えられる貢献感が満たされたらいいのになと本当に思う。

わたしも決して強い人間ではないから、心は脆いし、そんなことで?と他人からは笑えることで、たやすく折れてしまうことも、知っている。
仕事でレギュラー番組がないとき、ただそれだけで、役に立てない自分だと思い込んで会社に行くのが辛かったこともあったもの。

誰もに居場所のある世界。

大言壮語ばかりでなく、身近なところから考えると、
何ができてもできなくても、
何をしてもしてくれなくても、
曇り切った色眼鏡を捨てて、あなたがいてくれるだけでうれしい、、、ということを伝えられたらと思う。






前へ  1  2  3  次へ