おひたし。

01月18日(木)
突然のことですが、オットの単身赴任の期限が決まり、また一緒に生活する見通しが立ってきました。


会社のデスクで、後輩たちにそんなことを話しながら、つい、長かったー、苦しかったー、辛かったーと心からの声が出てしまい、そんな自分に驚きました。

もう、限界だったんだなぁ。

年始のある日、オットが公園になわとび練習に連れていき、不在時間3時間。


わたしもなるたけ外に連れて出ていたけど、結局夕飯の支度や家事もあるので、帰りが気になる。


いつも時間の制約があって、逆算してばかりで、あー、時間を忘れて楽しんじゃったねーという感覚がなかった。

その不在時間に、あ、この間に副菜のおひたし作ったり、明日からの食事の段取りをしておけばいいのかと思い立ち、もう、それだけで、斬新で。

なんなの、これー、すごいすごいーと、もう有頂天状態です。笑

離れていたおかげで、そんなことに感動できるココロが芽生えましたよ。

ありがたいわー。助かるわー。


まもなく、ムスメが産まれてからほとんど初めてといってもいいくらい、がっつり共に暮らす時間がきます。

年始の感動も、だんだん日常に紛れて、いてくれて当たり前にならないように、、、というのは美しいですが、きっと紛れます。笑

それでこその、日常です。

でも、思い出したいな。あの、茹でたほうれん草を触ったときの、こみ上げてきた気持ちを。


本当に、家族のみならず、父母や職場でも、周りの人を見るにつけ思うのです。

一緒にいてくれて、ありがとうと。

ひとりじゃ、できないことだらけです。









冷凍トマトと紙パック

01月17日(水)
今年は、やろう→やるのスピードを、さらにあげたいわたし。
なぜなら、どうしようか悶々と悩むことは、その時間自体に意味があることももちろんある。
しかし、いざ決めてしまったときに感じるのは、なんやー、はよ決めたらよかったーという清々しさ。やはり、迷いながらもやってみる一歩の大事さに、今さらながら気づくのです。

そして、決めて後悔することもあまりないし、だめならやめてもいいし、失敗することなど、大したことでもないのだとも。
やればよかった、、、勇気出なかった、、、、が1番後味悪いですよね。
と、大げさな書き出しのわりに、話は些細です。

先日、料理の支度をしながら背中越しに聴いていたテレビで、トマトが余る時は、丸ごと冷凍すればよいというのを知りました。

すかさず冷蔵庫をあければ、大玉が3つ、どんとある。
よし。やってみよ。

切って冷凍とか、茹でて冷凍、、、は何度もほかの野菜でも試したけど、その一手間がやがて億劫になる。

丸ごと、はラクチン。

で、ここのところそれを、ハヤシライスやミートソースやカレーやら、煮込むものに使ってみてますが、たしかにいい。

生より冷凍したほうが、繊維が壊れやすくなるからか、スープへの溶け込みがすんなり早い。皮残りも、クタクタで気にならない。

自然に甘みと酸味が増して、これまた調味料減。野菜を使い切れない悩みもなくなる。子らも、まさか丸ごとのトマトとは知らず、モリモリ食べる。笑

いいわぁ。これは、定番にできそうです。

そして、昨年迷いに迷って導入した、コードレス掃除機。我が家のお掃除革命の担い手として、活躍度は増しています。

我が家のものは、紙パック方式なので、忘れた頃に取り替えるのですが、このひとときがものすごく、幸せ。

わぁー、汚れてたのねぇ、、、あなたがんばってくれてるわねぇ、、とワンタッチでポン。そのあと、掃除機内や、周辺を掃除する手間がないのが、なんとも気分よく。


本当に、安く仕上がる女かも、、、。笑
でも、自分で自分をしあわせにするのは、あまり難しいことでないような気がします。


ではまた!






甘酒。

01月14日(日)
我が家の砂糖消費量があまりに 多いことは気になっておりました。
他の調味料にくらべ、買う頻度高い。

で、勝手に誰かが食べてるわけではなくて、笑、
しっかりわたし自身が、料理に大量投入している。


大なり小なり、何か変えようと思ったら、グダグダ悩む前に何かやってみる、orやめてみるべく動く。
それほど動きたくないときは、何も変えたくないのだと思うので、

これまでもちょくちょく買っていた甘酒を、もう一度調べ直してみると、またこの数年の間に甘酒も進化しているんですねぇ。

麹のみならず、乳酸菌まで入ったダブル発酵菌のものもあれば、調理により使いやすい仕様のものまで。


塩麹以来、やはり麹にまつわるものはその良さを見直されてるのですねぇ。


子どもの頃縁日で味わっていたものと比べたら、飛躍してるなぁ。

そんなわけで、減砂糖・実験中です。









体験こそが、宝になる。

01月08日(月)
年初めに、浅草橋に場所を移した「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」に息子と行ってまいりました。純度100パーセントの暗闇の中で、様々なアクティビティを体験する。アテンドしてくださるのは、視覚障がいの方。

もう4度目になるのかしら。
毎度違う感慨・発見があるのが、ダイアログの魅力です。
誰と行くかによっても、変わる。
初めましてのメンバー13人でいざ真っ暗闇に入ります。
目が、、いたいっ!が息子の第一声。最初きんちょうしないよと強がってはいたものの、わたしの手を握りしめ、腕につかまって進んでいたのに、5分後にはもう別行動。さすが子どもの好奇心です。

普段からニコニコしている息子ではありますが、声だけの世界になっても、このヒトごきげんだなと思う。笑。これはどう、あれはどう?と提案し合う声を聞いて、いつのまにあんなに人との関わりを学んだのだろうと、胸が熱くなりました。そして、周りのオトナたちも、ありがたいことに子どもの心をそのまま受け止めてくださっている。
自我が強くて譲れないこともあるので、学校では友達との関わりに悩むこともしょっちゅうあるのに、普段正しさで縛って、わたしが見ようとしていないこともあるのかもしれない。

一方、わたしたちのグループに入ってくれていたお子さんも、触れたり味わったり、その度に素直に、おいしいなぁ、いいにおいだなぁ、苦いなぁ、、。と言葉にしてくれ、そのおかげで、わたしも感覚にアクセスしやすくなりました。論理立てて考えることは多いけど、どう感じる?って普段自分に問うてないのだな。

息子の入ったグループは、真っ暗闇で書き初めをしていました。もちろん、勘を頼りに書くわけですが、、、明るいところに戻って、作品を手渡され、またひと盛り上がりしました。あれ、こんなはずでは?字のつもりが犬の絵になってる?など、不意な偶然の産物が楽しい。

しかし、お隣の女性は、見事に「花」としたためていらして、思わず、すばらしいですね!と声をかけました。実は書家なんですよと聞いて、深く感動しました。プロって、こういうことなんだな、と。
視覚以上に、心の目がある。身体がミリ単位で、無意識に正確に動くくらいまで、何度も何度も同じことを繰り返して、練習してきたからこそ。

そして、毎度違うアクティビティを体験させてくれるアテンドの方々も、さぞかし、おもてなしの練習をしてくださっているのだろうと思います。日々がチャレンジに満ちているのだろうなぁ。そして、自分のもつ力を活かし切る、使い切ることを、全身で教えてくれるのです。

ダイアログで得る感覚は、体験してこそしか生まれないと痛感します。目以外の全ての感覚が開いていく感じ。声や肌の温度。足の裏。湿度。まとう空気の質感。

書いていると、また、、、味わいたくなる自分がいます。
そして、様々な障がいや年齢に対する勝手なものさしが、心の中で溶け、別のものに書き換えられるのです。
何かが足りないかわいそうなひとではない。違う豊かさもあれば、違う大変さもあって、もちろん同じこともたくさんある。お互い手を貸してほしいところに貸しあえればいいし、ないものを数えるより、あるものを使い切る、その方が大事なんじゃないかと。

わたしは使い切ってるのか?と自問自答をしつつ、、、。

2020年のパラリンピックを前に、ダイアログは、人の意識を楽しく変える起爆剤になるのではと思います。



















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