働くうえでのしなやかさ。

11月29日(水)
思えば、「働き続ける。そして家庭をもつ。」
この両輪を走らせることが、子どもの頃からの夢でした。

何になりたい!とかではなく、人生のあり方自体が夢だったのですね。
多分に、男性は外で、女性は家を守って”的価値観に、歯ぎしりするほどのやるせなさを感じながらも受け入れた、わたしの母の影響があると思います。笑



そして、そのおかげで、なのか、仕事も人生も、大小問わずたくさんの失敗をしながらも、気づけば夢は叶っていました。両輪になってましたねぇ。
それに、入社当初、現場のエネルギーに吹き飛ばされそうになりながらも、放送や表現に関わる仕事が年々好きだなぁと思えていることは、ただただ、有難いなぁと思います。

しかし、です。

ちょうど今年の夏頃、よく家で金切り声をあげる自分がいて、気づけばワンオペ育児の記事をせっせと切り抜いていて、そんな感情的に子どもにぶつかっちゃいけないと実母にたしなめられることも冷静に聞けなくなっていて、でも毎日は滞りなく過ぎるので、楽観的なわたしは気にもしていなかったのです。

が、息子や娘がわたしと同じように怒りの導火線に火がつきやすくなっている状況をみて、一気に現実に返りました。

あぁ。感情を暴力的にぶつけ合ってしまってる、、、端緒は、余裕がないわたしだな、と。
娘が生後7カ月半で復帰してから5年超、勤務的にも、スタジオに取材に、イベントのリーダーにと目まぐるしかったので、絶えず走り続けていましたが、ペースを変えてもいいのかも、と少しずつ思うようになりました。具体的にはフルタイムから時短勤務にしてみようということです。

やるとしたら目一杯やりたがりなので、一度広げている風呂敷をほんの少し畳むのにも、実はかなりの勇気がいりました。

周りからは、なにを悩むことがあるの?と励ましていただいたのですが、決断て不思議ですよね。

決められないときは、すごく執着があって断ち切れない。
わたしの場合、周りからどう見られるか?より、自分で自分を縛りがちなのです。
昭和のハイペース、目一杯でいることにどうも心地よさがある。ペースを緩める自分にオーケーが出しにくい。時代はどんどん変わっていっているのに。
苦しみながらもがんばる自分大好き。

厄介ですね、、、。笑

働くモチベーションは変わらないのだからと10月以降時短を決断したところ、少し生まれる時間のゆとりで、家の雰囲気も変わりました。

誰もがキレにくくなった。笑

母の機嫌は伝播するのですね。


何をあんなに迷っていたのだろうと、決断て執着を断つことなんだなぁと思います。
もちろん、職場の理解や支え、家族の協力あって成り立っているので、これまた自分ひとりではできないことなのですが。

時代も制度も、しなやかに働き続けるための後押しがされる中で、
闘っているのは、意外と、自分の中の、こうであらねばならないマインドなのだなと思うこともあります。

楽しみながらしあわせになっても、いいのにね。笑

文化系スポ根に時々、悩まされています。








代謝がいいのか。どうなのか。

11月29日(水)
変わらず、走っております。本当にわずかな時間ですけど、空気が冷たくて、朝気持ちいいのです。

なんでだろう?と思うと、もうこれは、小さな小さな達成感を得るためなのだなと思います。
動けるねー、できないこと、やったことなかったこと、できるねー、毎日1ミリずつでも進んでるねー、の連続で。

もはや、自分で自分を褒めて鼓舞する装置です。笑


しかし、困ることもあります。すごく汗かきになってきたのです。急ぎ足で歩いて暖房のきいた電車に乗る頃には、もう頭皮から首から、汗が噴出してきてしまい。

防寒インナー愛用しすぎ?足元あたためすぎ?いや、代謝が上がってると素直に喜んでいいもの?いやまた、更年期なのかな?

悩ましい年頃です。笑


来週は人間ドックだ、素直に聞いてみよう。



代謝がいいのか。どうなのか。

11月28日(火)
変わらず、走っております。本当にわずかな時間ですけど、空気が冷たくて、朝気持ちいいのです。

なんでだろう?と思うと、もうこれは、小さな小さな達成感を得るためなのだなと思います。
動けるねー、できないこと、やったことなかったこと、できるねー、毎日1ミリずつでも進んでるねー、の連続で。

もはや、自分で自分を褒めて鼓舞する装置です。笑


しかし、困ることもあります。すごく汗かきになってきたのです。急ぎ足で歩いて暖房のきいた電車に乗る頃には、もう頭皮から首から、汗が噴出してきてしまい。

防寒インナー愛用しすぎ?足元あたためすぎ?いや、代謝が上がってると素直に喜んでいいもの?いやまた、更年期なのかな?

悩ましい年頃です。笑


来週は人間ドックだ、素直に聞いてみよう。



知ることは、全ての始まり。

11月26日(日)









今日は日本エイズ学会の市民公開講座に、司会としてお招きいただきました。

かつて、世界の貧困国で暮らす子どもたちを取り巻くHIV・エイズの事情を取材するなかで、日本の現状に目をつぶるのは、何も見ていない、知らないことだなと痛烈にぶちあたったのですよね。

なんとかして当事者の声を聞き、届けたいと思ったのが、取材の原動力でした。

あのとき、わたしに惜しみなく力を貸してくれ、引っ張ってくれたディレクターや、取材の窓口になってくださり、HIVエイズの日本における事情を教えてくださった方、実際に勇気を出して取材を受けてくださった方には、いまも特別な気持ちがあります。

なのに、最近すっかり遠ざかっていたところへ今回のご縁をいただき、もう一度勉強し直す機会となりました。


この分野の第一人者の医師の話を聞いて思ったのは、
医療は革命的に進歩した。
でも、社会の認識が変わらない。


わたしが取材をしていた10年前に比べても、薬の進化はめざましく、何をもって普通というかはそれぞれですが、あえて使うと、いたって普通に、自分らしく人生を生きていくことができる、仕事も学校も、子どもも、孫も持てる病気。

なのに、その病気を大事な人に伝えたり、人に知られることを恐れるということは、変わっていない。

または、老後、介護が必要になっていくときに、対応を拒否されるケースなども。


医療的に困難な病気でなく、社会的に困難な病気であることに変わりないのですね。


矛盾するかもしれませんが、医療が格段に進化して、死への恐れはセンセーショナルなるなものでなくなった。一方で、目に見えにくい偏見が根強いからこそ、取り上げ方も難しく、伝わりづらくなっているのかもしれません。


こう書いても、なかなか四角四面で、これまた伝わりにくいですよね。


今日も、久しぶりにお会いした、かつて取材を受けてくださったメンバーの、なんだかんだ、幸せよぉというあの笑顔を見ると、たまたま病気がHIVであるというひとりの人なのだと、いや、そんなことを取り立てて意識することもない存在なのだと思うのです。

でもね、幸せと感じられるかどうかって、結局、孤独に陥っているかどうかによるのよ、と。

病気のことを誰かに話せたり、支え合う仲間がいたり、、、佐々木さんも前は、孤独だ孤独だって、、、言ってたわねぇと、荒くれていた時期のことをお互いに思い出して笑ったりしたのでした。


輪郭をもった、肉体とパーソナリティをもった人として知ると、ものすごく垣根がなくなる。これは、どんな類の偏見にもまつわる共通のことだと思います。


とはいえ、社会の意識の前進がないと、当事者たちが無防備に可視化されることは難しい。


ひとつ、新たな視点を医師に教えていただいたので、最後に記しますね。

これから、病院もどれだけたくさんのHIV陽性者の治療を行っているか、ひとつの指標になる。それは、感染症対策も万全で、プライバシーも守られる、いい病院であることになるのだから、と。







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