衝撃の進化。

01月31日(火)
またしても走る話。

筋肉痛も起きず、やはり五分程度じゃなぁ、甘っちょろすぎるんだなぁと思っていたら、1週間も過ぎた頃、突然膝や腰に痛みが。


どんだけおばちゃんやねん!と、凹むものの、オットから、靴が悪いんじゃない?との指摘。

どれどれと裏を見たら、確かにクッションがすり減り、はげているところもある。



これ15年くらい、経ってる、、、。


スニーカーさえなかなか買えないわたしです。ランニングシューズなんて、とんと、縁がなかった。

しかし、ちょうどファイナルセールだし、スポーツショップに飛びこみました。


いんやぁ、、、驚いたぁ。すさまじやぁ。

シューズって、大変な進化をしているのですね。


限りなく足がソフトに包まれ、軽く、吸い付くような、そしてアーチはキープしてくれる。


どれだけ続けられるか自分を信用できていなかったため、笑
かたちからは入っていませんでしたが、やはりかたちも大事。

俄然やる気も変わります。


と日曜日にここまで書いてアップし忘れていたら、月曜胃腸炎に。
悲しい、、、。ジョギングで落ちない体重が、胃腸炎で落ちるとは、、、汗。



だいぶ回復しましたけれどね。


激しい寒暖差です。くれぐれも、身体を大切にしてくださいね。みなさま。






適度な距離感。

01月26日(木)
今朝、とくダネ!で特集されていたのが、お年を召してからの友人との近居。



家族との同居、ではなく、気のおけない友人の目と鼻の先に住む、近居です。

実際にその選択をされている方々がおっしゃるには、大事なのは、それぞれに趣味をもつなり、それぞれに人のつながりをもって、食事やお風呂だけ共にしよう、そういった適度な距離感を持つことだと。


深く納得しました。


二世帯同居も同じだなと思うからです。


自立・自律が前提での、適度な依存。

誰かひとりだけが自分の心を殺し、我慢ばかりしていては成り立たないと痛感する。

甘えも依存も、あってもいいと思います。わたしも甘えてるし、依存もしてる。
逆ももちろんありで、頼りにされたら、うれしいし。

でも、家が巣のように心地よいバランスを見つけられるようになったのは、精一杯、自分で何とかしようとしているのが、お互いわかっているからのような気がします。

まずは自分でやってみる。
どうしても無理。限界超えそう。
お願いですので、助けてください。

丸投げは、家族でも疲弊しますもんね。


そう考えると、親子か友人かと選択は違えど、根本で思うことは共通するんだなと興味深く。

親子以上に、一緒にいる時間と年月の長さでいえば、友人のほうが長く濃くなるケースもあるわけですものね。


適度な距離感。親子や友人以前に、夫婦もそうかも。
穴が開くほど見つめ合いすぎず、ともに前を見ながら隣にいる感じ、、、理想だなぁ。















なんとまだ、、、

01月25日(水)
走っております。いまのところ1日も休まず。

青嶋先輩が、わたしを見かけるたびに、走ってる?と聞いてくださるのも、密かな励みです。笑

どの時間を確保するか、が一番の課題。

息子の登校時間に一緒に家を出て、娘が起きる前まで、が有用なのがわかりました。


といっても、五分です。たったの。

今日はもう少し時間とろう!と思って、だいぶがんばって15分。

スピードも牛歩並み。

ですが、途中から、血流がよくなり、細胞が目覚め、毛穴から汗がじわっとしてくる感じがやみつき。

そのあと洗濯干したり畳んだりが、鼻歌出ちゃう勢い。

どうしちゃったんだろう、最も嫌いな走ることなのに。


先日久しぶりにお会いした女性の先輩後輩は、
これまた何を目指して?並みに身体を鍛えているということも聞き、、、

そうなのです、

動くことが面倒臭い、、、洋服が似合わない、、、そんな危機感、身に迫ってくるのかも。笑



山岳部で健脚だった父も、両足を骨折してから、途端に足元がおぼつかなくなりましたしね。

やはりフットワークってとても大事なような気がしています。


歩くと遠く感じる距離も、走ると、あら案外近いのねと驚いたり、

神社にお参りしたり、

もう少し続けたら自分の中で何が起きるかなー。

いやしかし、体重、、、減らない。

どう、ママ、少しシュッとした?と子らに聞くも、

してなーい、と即答される。

まだ、、、1週間ですもん。


しばし楽しんでみまーす。








毎日のごはん、、、の先に。

01月18日(水)
昨日は、阪神淡路大震災から22年。

テレビや新聞等で、その当日や、その日近くに産まれた赤ちゃんたちが成人し、自分のいのちの意味を語る姿を見ました。


当時のことは覚えていない。でも、こんな寒い時期に、人が助け合えてた、誰かが守ってくれたから自分が生きている。そんな誰かがいなかったら、、、自分はいま、ここにいなかったかもしれない。
記憶はないけど、伝えていけることがある。


異口同音に語られる言葉に、自分の中の何かが呼び起こされます。



大切な日なのに、自分が体調を崩してしまったせいか、ちょっとしたことでどーんと不機嫌さが噴出してしまった昨夜。お風呂に入るときにも、誰の面倒も見たくない始末、、、。
息子は察するので、ママ、髪の毛を洗ってあげる!と申し出てくれました。

子どもに気を遣わせるのも、またごめんねと思ってしまうのですが、昨日は、うんお願いする!と託しました。
わたしだって、時々は誰かに甘えたいのです。笑


だいぶ大きく、厚みの増してきた手で、それはそれはテキトーな洗いっぷりでしたが、一応女の人への扱いとして、いたわるように優しさが手から伝わってくるのです。

目は口程にものを言う、といいますが、手からもたくさんのものが伝わる。

抱き、おむつを替え、ごはんを作り、着替えさせ、しっかりつなぎ、、、手でたくさんのことを交わし合ってきたんですものね。



わたしは、本当に仕事している時間が好きなのです。充実感を得やすいから。
送受信したメール、出した書類。未来の予定の打ち合わせ。


日常は、、、達成感とは遠い。日々、やりたいかどうかは別として、生きるためにごはんを作り、洗濯をし、掃除を続けてる。
まさに手仕事だらけ。

うぅ、、、となりますが、自分が作ったハンバーグやオムライスの先に、何かをしてもらった記憶が子らに残り、いつかそれを誰かに返していってくれたら、、、時々は、わたしにも返してねとよこしまな気分でいたら、笑、、、、今日もこころ整えて過ごせました。


今日はなに作ろう?とあたまを悩ませるのも幸せなことですね。


生きてる証拠。










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