ブーメラン。

11月26日(木)
子どもは親とは別個の人格や人生、
それぞれに才能や運やギフトを持っているはずだし、
ましてやパーフェクトではない。

しかし、
親のすることをよく見て、それが当たり前と思って育つので、
時々、ゾゾっとします。笑


先日、病院の待合室にて。
迷路好きなムスコは、好きな迷路の本が置いてあるという理由だけで

病院に行くのも苦ではないみたい。

1度目は待ち時間でああだこうだ迷路と格闘、
2度目の通院時には、今日はママのタイムアタックね、
なに、タイムアタックって?と聞く間もなく、
わたしのスマホ片手にストップウォッチで制限時間を設けられました。

はい、目標は?

よし、がんばれ!はい、あと30秒!

などと応援してくれるのですが、

それが大変鬱陶しいのです。笑


迷路で行きつ戻りつしている間に、あと10秒!からカウントダウンされると、
イラ〜となり、

ちょっと待ってよ、いま本気!と真剣になってしまいました。


あぁ、この姿、
トラディショナルな習い事、あの、計算プリントで有名な習い事の宿題をさせているときの私の姿ではないですか。

あまりにダラダラ、グウタラするときに、

何事であれ、集中して自分にスイッチ入れないと身にならない、

と諌めながらタイムアタックしたことがあったのでした。



しっかり記憶されているものなのですね。


生放送の数分前、以外で
日常追い込まれるのは、イヤなものでした。笑












寒くなりましたね。

11月25日(水)
 



手羽をコトコト煮て、朝スープにわかめを入れていただきました。

肉は、夜ご飯にする予定。




もう、
本当に身体を考えた食生活をしなければ、体重の増量が大変なことになってきました。


わかっちゃおります。



エクササイズDVDも出してみました。

今こそ目の前で、林先生に、いつやるの、今でしょー?と追い込んでほしい。笑



人間ドックや健診で、身長体重を測るたびに、これでお間違いないですかと聞かれますが、
違いますと言えるものなら言いたいですもん。

これからの季節、出歩く機会は減ったとはいえ、
暴飲暴食に気をつけねば、、、。





 

手帳を選ぶ季節。

11月22日(日)
新年の手帳、ワクワクしながら探しに行きました。

デジタルの時代でも、手書きの手帳が大好き。


昨年もブログで書きましたね、手帳のこと。


空白スペースいっぱいのものや、
縦に時間管理するバーティカル式、
月間の見開きのすぐあとに週間のページが続くもの、

そして、年間の見開きページは必須

など、

手帳に関してはこだわりが多いのですが、

今年、思い切って仕様を変えました。

家族の習い事のスケジュール管理や行事への参加など、
あるいは夫や祖父母との育児への連携に際しての調整など、
かなり煩雑になってきたので、


縦に刻む時間管理でなく、

自分と家族のことが、1日の間でも分けて見える化したほうがいいな、と思って。


モノや食べ物メニューに対する決断力が恐ろしいほど早いわたしですが、

手帳だけは、
絞った2冊を交互に見比べて、

どちらがベターか、

吟味すること15分。


新しいスペースの使い方をすることにしました。

年間、月間、週間をどう使い分けるか等々、
語りたいことは山のようにあるのです。


が、割愛しまして、
なぜ手帳が好きかというと、

予想外、想定外のことは山のように起こるので、

既にわかっている先々のことを見えるようにしておくだけで、

頭や心や行動が整理されていくような気がします。

あ、この日は絶対にゆっくりしよう、とあらかじめブロックしたり、

あー、次に美容院行けるのはここしかないと予約入れたり、

先々やらねばならないことをやるべく、まとまった時間がとれるのはここだけだ、となると、
それでもダラダラ、グズグズ、グダグダ、自分を甘やかし言い訳しつつも、なんとか乗り切ったりね。
学芸会の衣装作りも夜なべせずに済みました。笑

いま書いてて気づきましたが、

時間管理ってタスクをこなすためだけではなくて、
貴重な時間をどう使えればハッピーか、
どんな日々を過ごしたいか、
引いてはどんな未来に進んでいきたいのか、
向き合う瞬間なのですよね。

最初にどこから書き込むか、
これまた楽しく真剣に、決断します。


あー、大げさになった。笑












なんとかしたいらしい。

11月21日(土)
最近、教育関連のコラムや就活の際にも、
問題解決能力、コミュニケーション能力という類の言葉を目にします。


なんとなく皆同じ価値観を共有していた時代は
みなまで言わなくとも分かり合え、
共通の言葉が多かったのでしょうが、

今のように世界が近くなり、
違いを前提として、
正解が何かも簡単には導きだせない事情を反映してのものでしょうねぇ。


確かに、
わたし自身の幼い頃のことは、もう定かな記憶にもありませんが、

学校でも、いいこと、悪いことの善悪はびしっと教えられ、
そこに反発する余地もなく、

いけないことはいけない
と叱られていたように思います。

理屈じゃないんだ、のような。


最近は、保育園でも幼稚園でも、よく問いかけられています。


どうしたかったの?
どうすればいいと思う?
どんな気持ちだと思う?
次はどうしよう?

そのせいなのか、おかげなのか、
寝るときに昔話を読むと、

楽しく盛り上がります。

特に、ヘンゼルとグレーテル。

兄と妹の話だから余計に。


家にたどりついても、
また森に捨てられてしまうよねえ、

ふたりは早く家を出た方がいいんだ、

お菓子の家に住むほうがいいのかな、
お菓子が食べ尽くしたら別のところを探さなくちゃ、

などと、兄と妹でなんとか解決を探りながら、眠りに落ちています。笑


オトナになって、物語の受け止め方が変わるのは当たり前のこととはいえ、
子どものころ、お菓子の家で夢物語のように思っていたのに

いまでは、
子どもを森に置き去りにする、
それも2度も!を黙認する父親に憤慨しながら読んでおります。笑





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