餃子パーティー

12月28日(日)

年末、夫の指南のもと、

息子と娘も餃子作りのお手伝い。



我が家は、積極的にお手伝いしてもらいます。

わたしは専業主婦の母に育てられたから、痒いところまで手が届く育てられ方で、それはそれで感謝しています。

が、

オトナになれば、

あれこれ、複数のことを同時進行するの、当たり前ー。と、遅ればせながら気づきました。

仕事の準備、家事、子どものこと。
なにかひとつでOKなんて日はないです。

ので、

女の子にも、小さいうちから、家事はやって当たり前、と思って育ってくれたらいいなぁ。

わたし、未だに家事のストレス、とてもあるので。笑。

男の子も家のことはできて当然、わたしたちの次の世代では、女の人ばかりが大変ではなくなるように、仕事も家のことも楽しんでできる人間に育てるのが責務のような気がしています。


餃子、ワイワイ盛り上がりながら進行中。

カタチなんて、いいんです。

みんなで楽しめれば。


わたしは、年末のご褒美とばかりに、とってあったワインを開けて

唐揚げ、揚げております。

今年も、よく、揚げた。

1年、すてきな年越しの振り返りになりますように。

ますます、
それぞれの場所で輝く2015になりますように。


さ、焼き上げて、いただきまぁす。







ダイアログ・イン・ザ・ダーク

12月25日(木)
先日、前々から行きたかったソーシャル・エンタテインメントに行ってきました。

ダイアログ・イン・ザ・ダーク。
真っ暗闇の中で生まれる対話。

子どもの頃、初めてのキャンプの夜や、修学旅行の就寝後、
妙な高揚感がありましたよね。
まさにあれです。

それを、星明かりも、薄明かりもない、本当に真っ暗闇、視覚情報が微塵もない状態で物語は始まっていくのです。

8人1組。

わたしは、ほとんどはじめましてのみなさまと、誰が誰やらわからぬまま、ひとまず、ニックネームだけは覚えて中に入りました。

アテンドしてくれるのは、視覚障がい者の方。
そりゃぁドキドキしますよ。
不安と緊張で、こわい。
これからどうなるんだろう。
ちょっと逃げたくなる。

それが、一歩踏み入れると、あっという間に世界は逆転。アテンドの彼らは水を得た魚のように、縦横無尽にナビゲートしてくれます。

暗闇に包まれた途端、不思議な解放感に満たされました。

だって、何も見えないんだもの。

おおーだの、わぉーだの、あー、これ、葉っぱ!だの、すでにオトナすぎるオトナ年齢のわたしたちが、はしゃいでいる。

慣れてくると、普段使っていない感覚が開かれていくのがわかります。

人の声、
体温、
人と人との距離も、
知らない人同士でもちょっと触れ合ってるくらいが心地いい。
お互い助け合えると信じている。
年齢も、性別も、美醜も、しゃべる表情も、相手がとってる態度も、目で見えることからは解放される。

普段、声に出して確認し合わないことを、たくさん声にする。
自然とありがとうが多くなる。

誰が誰であってもいい。
個人の輪郭は溶け合ってるのに、でも強烈に個々の個性が際立つ。


笑わせたいひと、
リーダーシップとりたいひと、
そばにいてくれるだけで安心なひと、
ハラハラさせるひと、
急に方言で話し始めるひと、
声だけでも
饒舌で、カラフルな世界。


暗闇空間で、いろいろな催しを楽しんで出てきたら、(←何が行われるかはぜひ体験してみてくださいね)

えー、あなたが、けんちゃん、
あなたがぴーさん!?

急に照れ臭く・・・。

顔が見えることで、見えない壁ができていくとでもいいましょうか。

お互い、初めて会う社会人同士に戻っていく。
でも、また集まっても、お互い得難い経験をした者同士、
普段とは違う距離感が生まれそうです。

わたしの亡き祖母は、大人になってから全盲になったと聞きます。
久しぶりに会っても、あら、大きくなったわね、
6人の孫を足音で聞き分けていました。

いつも目をつぶっていて、時々開けると、瞳が緑がかった青のようだったのを覚えています。

暗闇の中で、誰かが、
目を開けるの、疲れるね。
真っ暗だと、ずっとつぶっていたくなると言いました。
確かに、そうなのです。
行けど行けど暗闇で、目が疲れる。

思い切って、
つぶって歩いてみると、
どんどん感覚が開く。

耳。手。匂い。足先までも。

つぶって感じる。

普段のわたしとは違う世界の捉え方は、ヒトって、まだまだ使っていない感覚があるぞ、
未知なる豊かさが眠っていた山に出会ったというのか、知らないのはもったいないと、そんな気持ちになりました。

身体を動したい、でも、動かしてない、そんな状況が続いています。
スリムになるためのDVDはたくさん家にもあるのにね。
たぶん、わたしの身体を動かしたい欲求の根源にあるのは、身体の感覚を鋭敏にして、閉じた何かを拓いていきたいのかもしれません。

ええと、ダイエットももちろんですけどね。笑

歩くときに、考えごとばかりせずに、落ち葉を踏むとか、
今、ここを楽しんでみようかしら。

長文に付き合ってくださり、ありがとうございました。











自立を感じる。

12月23日(火)
2歳の娘は、誰に似たのか、おせっかいさんで、
←間違いなくわたしの娘

いまは、ボタンの開け閉めに夢中。

わたしが、シャツとカーディガンを着てる日なぞは、延々と開け閉めしてくれて、うっかりそのまま会社に行くと2段くらいズレていたりすることも。



息子は、風邪を引いて、声がいささかハスキーに。
いつもは家で抱っこして、だの、あまえたい気分だの、

ママっ子なのですが、

先日、外でバイバイするときに、いつものようにギュウとしようとしたら、

ハスキーに、

いいよ、こんなところで
とお断りでした。


さみしい、というより、

だんだん男子だなぁと、なんだかうれしい。

そのうちに、離れて歩いて、とか言うのかしら。


いっちょまえに。笑。


たのしみ。



まりやさん。

12月22日(月)

土曜日来、なんだか、1年の疲れがどっときたのか体調は万全ではなかったものの、

日曜の夜だけはなんとしてでも観たいものがありました。

竹内まりやさんのコンサート。

日本武道館。


しびれる3時間でした。


包容力あふるる歌声、
凛とした立ち姿、
毎日を丁寧に生きるメッセージ、
時折歌詞にのぞく女の業。

変わるものと変わらないもの。


キャリアの長い、しかもずっと大好きなアーティストのコンサートって、格別です。


どの曲も歌えるのに、響く自分の心には変化も感じるから。

いまやすっかり、すったもんだの恋やら、忘れられない何かよりは、
日常の幸せを描いた歌に心奪われますね。笑


来年、還暦を迎えられるまりやさん。新たな境地で、どんな楽曲を生み出されるのか、

楽しみでなりません。


後を生きるわたしは、

偉大なアーティストたちが残してくれる、手垢のついていない言葉たちを、
折々思い出しながら、


いつのまにか、自分の心の一部、細胞の一部に取り込んで、体験を味わい深くしているような気がします。









前へ  1  2  3  4  5  次へ