新・週刊フジテレビ批評

The 批評対談

震災から7年… お笑い芸人の“東北魂”

DATE : 2018.02.17(土)

CATEGORIES : | The 批評対談 |



サンドウィッチ発祥の国、イギリス。この地で去年10月、お笑い芸人のサンドウィッチマンが結成20年記念のライブを成功させた。
テレビ・ラジオのレギュラー番組14本を抱える人気お笑い芸人である一方、仙台出身の2人は東日本大震災の発生直後に義援金口座を開設し、これまでに合わせて4億円を超える義援金が寄せられた。
また、番組でも東北の様々な魅力を伝えるなど、被災地のサポートを続けている。まもなく地震発生から丸7年が経とうとしている。2人は被災地とどのように向き合ってきたのか。そして、彼らはテレビが伝える震災をどう見てきたのか。お笑いコンビのサンドウィッチマンをゲストに、社会学者の古市憲寿氏が斬り込む。

サンドウィッチマンの伊達みきおさん・富澤たけしさんは、2007年M1グランプリで王者に輝き、現在テレビ・ラジオのレギュラー番組が14本。
そして、去年週刊誌が発表した「好きな芸人ランキング」では第4位に輝いた。
この好きな芸人ランキングでは、第1位・明石家さんま、第2位・タモリ、第3位・ダウンタウン。そして、第4位は同率で、ビートたけしとサンドウィッチマンという錚々たる面々となっている。
また、お2人は、宮城県仙台市出身ということもあり、東日本大震災発生直後から様々な被災地支援を続けている。

まず、古市氏がサンドウィッチマンの2人の印象を「初めて目の前にすると東北のヤンキー感がすごい」と述べ、伊達氏が「もういいおじさんだから」とスタジオを和ませた。
7年前の震災当日、サンドウィッチマンは気仙沼の魚市場の目の前で番組のロケをしている最中だった。
海の前で東日本大震災を受け、「そこからスタッフの指示で高台に避難。僕らがいたところは8mの波がきたという」と述べ、「大きい波が沖からずっとくる、家が流されていく、車が流されていくのは全部目の当たりにした」と深刻な被害の状況を明かした伊達氏。
避難した高台では、夜の9時ほどまで下りられずに待機し、その日は気仙沼のホテルのロビーの椅子を借りたという。「余震もすごかったので、ほぼ寝ていない。翌日、仙台の実家に戻ることができて、そこで1泊」と当時を振り返った。
東日本大震災を目の当たりにした伊達氏は「もう啞然。何だ?これはと。映画を見ているような」と当時の心境を明かした。
その後、義援金口座を開設したりなどと活動をしてきたサンドウィッチマン。
伊達氏は「3日後に東京に戻ってきたのだが、東京に着いた瞬間にカラオケの店員から『カラオケいかがですか?』と言われた。なるほどなと。こんなに違うものなのだと」と感じ、「東京ももちろん大きく揺れたが、3日後だったので。なるほど、こんな状況なのかと。これは何か働きかけないといけないなと」と被災地と東京との温度差の違いについて語った。
そして、「必要になってくるのはお金だろう」と思い、義援金口座を作ることになったという。
富澤氏も「大変な停電になっている状態からだんだん明かりがついてきて、やっと東京に着いたら『カラオケいかがですか?』と。そんなに違うのだということは感じた」と当時の心境を振り返った。
3日後もテレビも含めて、ほとんどが震災番組を報道しており、古市氏は「まだ雰囲気としては、震災を引きずっていたと思う」とした一方で、「7年も経ってしまうと、だんだん皆どんどん忘れていくということはある」と述べた。
古市氏の意見に対し、伊達氏は「それは良いと思う。それは風化ではなくて、きちんと思い出してもらえれば良い訳で。あの経験は多分皆忘れないと思う。ずっと震災の番組をやる必要もない」と東日本大震災から丸7年を迎えるにあたり、東日本大震災に対する思いを語った。
サンドウィッチマンの2人は、「東北魂義援金」という義援金活動をしている。
最近では、4億円を超える義援金が集まったとニュースになったが、伊達氏は「僕ら2人が4億円を寄付したような。適当なニュースだったのだが、これは良くないと。そういうことではないと」と当時伝えられたニュースのニュアンスの違いについて言及した。
義援金に関して「これは全国の皆さんから協力をいただいた。それこそ僕らの先輩から何から全員から協力を得て、累計で4億円。1カ月半で3億円近く集まった」とした上で、「初めの1カ月半で。それで驚いて。初めてやることだから、もう事務所もパニックになったもの。どうしたら良い?どうしたら良い?と」と改めて東日本大震災の被災地への全国からの思いの大きさを述べた。
「漠然と東北の震災の寄附金というよりも、お2人に託すということで安心感も多分あっただろう」とした古市氏に対し、「それはあってくれたと思う。それはきちんと気を付けた」と述べた伊達氏。
各県の知事に手渡しで、持っていくという方法で東北魂義援金活動を行っている2人。
好感度を上げるためのパフォーマンスなどではなく、「様々な義援金口座がある中で、どこにどう使われるのだろう?という不安があって。どこに振り込んだら良いか分からないようなことをよく聞いて、だったら俺らがきちんと小切手にして、県知事に直接手渡ししようと」と東北魂義援金活動を始めた経緯について語った伊達氏。
「最近は震災孤児・震災遺児という、お父さんお母さんを亡くされた子どもたちのために使ってもらうと限定して、使ってもらうようにしている」と目的を明確化しているとした。
「確かに僕らも分からない。赤十字など様々なものがあるが、どうなるかがなかなか見えないのをお2人が見せてくれている」と義援金の使い道について言及した古市氏。
義援金の詐欺もあったことをふまえ、「それはもう悔しくて。きちんとそこは透明化しようということでやった」と義援金活動に対する気持ちを語った伊達氏。
義援金の金額とサンドウィッチマンの2人が届けた先、用途に関しては、きちんとホームページにも掲載しているとのこと。

一方で、「お笑い芸人という存在と、社会的な活動はなかなか相性が良くない部分があるのかなと思っていて。特に当時は出にくかった」と述べた上で、ジレンマなどの有無について問いかけた古市氏。
伊達氏は「『芸人なのだから震災のイメージがつくから、ある程度にしておいた方が良いよ』ということは実際に言われた」と明かした上で、「だけど、芸人である前に僕ら宮城県の人間だし。あれを見てしまった人間なので、これは腹をくくってやるところまでやろうと。もう芸人としての活動ではなくて、ふるさとを何とかしたいと動いている」と義援金活動や様々な支援活動に関する決意を語った伊達氏。
震災をネタにする際のボーダーラインについては、「震災のことは、あまり言わないようにはしている。でも、どうしても僕らを見ると東北のイメージがあって。でも、それは良いと。僕らを見て、東北もそういえば震災あったなと思い出してくれても全然良い。それ以上にもっと面白いことをやれば笑いの方が多分大きくなるだろう」と震災に関する様々な活動をしている上でのお笑い芸人としての難しさもあるという。
古市氏は「別に震災のイメージだけではなくて、お笑いとして単純に面白かったらいい」とした上で、「僕もお2人に震災芸人のようなイメージは全然ないと思っている」と述べた。
たまに震災芸人と言われたこともあると明かした伊達氏。
東北のお笑い芸人同士の横の繋がりについては、「東北は芸人が少ない。本当に少なくて。控えめな人が多い」とした伊達氏に対して、富澤氏は狩野英孝の存在を述べた。
狩野英孝については「少し厄介」とした伊達氏と「いろいろ問題が起こっている。定期的に起こっている」とした古市氏。
「定期的にやるので。多分そろそろあるのではないかな?」と場を和ませた伊達氏。
伊達氏は「本当に控えめな人が多い、東北人は。僕らもなかなか前に出られないし、それはそれで良いかと。気質」と東北の人の気質について述べた。

また、チャリティーイベントについては、「チャリティーライブは、今はさすがにやっていないが、震災直後はよくやった。ナイツやU字工事など仲間に声をかけて、トラックの荷台でチャリティーライブをやったなど」と当時を振り返った伊達氏。
東日本大震災から7年が経とうとしている中、「震災が起こった当時は、多分メディアの方も震災の現場を伝えるので精一杯だったと思う」とした上で、今現場の人が求めていることについて問いかけた古市氏。
伊達氏は、「皆言うのは『どんどん観光に来て』と。『遊びに来て。美味しいものいっぱいあるから』と。ボランティアでないと行けないなど、被災地だし、皆まだ暗いのかななどと思っている人も多い」と東北のイメージにより、なかなか訪れる人も少ないことを示唆した上で、「『どんどん連れて来てくれ』と。『絶対満足して帰すから』と」と皆さんが言っていることを明かした。
サンドウィッチマンの2人はバスツアーを行い、東北へ連れて行くという活動もしており、来月もまたバスツアーを行うとのこと。
バスツアーでは、一般のお客さんと観光バス2台で東北に行き、今年は岩手の大船渡などの方に行くという。
また、バスにはサンドウィッチマンの2人も一緒に搭乗し、「語り部さんを1人乗せていろいろ案内してもらって、あとは美味しいものを食べて、夜はトークライブをやって」という流れでバスツアーを行っているとのこと。
「東北の人としてのガイドなのか、それともお笑い芸人のお2人としてのガイドなのか」といった捉え方が難しいとした古市氏に対し、「東北のお笑い芸人。いろいろ経験はしたが、明るくやる」と意気込みを明かした伊達氏。
楽しんでもらうことが結果的に東北の皆さんに還元され、喜んでもらうことに繋がり、また観光客にもプライベートで来てもらうことへと繋がっていくという。

テレビ・ラジオのレギュラー番組を現在14本持っているサンドウィッチマン。
その1つ、宮城ローカルの「サンドのぼんやり〜ぬTV」(TBC)。この番組では月に1回、今でも東北の現地を巡って収録をしている。
「完全にバラエティなのだが、この番組の収録中に被災した。スタッフとともに逃げて。要するにスタッフが命の恩人。『逃げよう』と言ってくれたスタッフがいる。ずっとバラエティをやっていたのだが、震災を経験したということで、月1回沿岸に行って、今の復興状況を見たり、また新しくできたお店に行って美味しいものを見つけたりなど。そういうものを発信する番組にしている」とこの番組に対する思いを語った伊達氏。
報道や情報番組が震災を取り上げるというイメージがある中で、バラエティ番組の中で続けているサンドウィッチマンの2人に関して、「その場にいたお2人だからこそできるのかなと思って。当事者ではない人間がバラエティと震災ってなかなかくっつけにくい、どこまでお笑いにして良いのだろうかなど、どこまでいじって良いのだろうとなかなか難しいところがきっとある」と述べた古市氏。
伊達氏も「それはあると思う。僕らも実際に沿岸にいて被災したからできているのかなということは思う」と述べた上で、実際に被災した立場でなければ「ここまでのことは多分できていない。それは義援金口座もそうだが、もしかしたらしていないかもしれない」と被災したからこそ、これまでの支援活動ができていると明かした。
「ぼんやり〜ぬTV」の「ぼんやり〜ぬ」については、伊達氏が寝ながらブログに書いたということで、「ぼんやり〜ぬと。何だろう?この言葉となって、そのままアップしてしまって。『その言葉何?』と。分からないが、番組名にしようかともう10年やっている」とした伊達氏だったが、「ぼんやり見てもらえれば良いなと」と番組のニュアンスについて述べた富澤氏。
10年以上も続く番組で被災した2人だが、東北のことを伝えることのできる「ぼんやり〜ぬTV」について「大事な番組」だと改めて述べた伊達氏。

また、BSフジでも「東北魂TV」という番組を毎週日曜日の夜11時から放送している。
この番組も長く続いている番組であり、狩野英孝も出演しているとのこと。
狩野英孝については、「たまにお蔵入りになったりする。かなりリスクを背負った番組。重荷を背負っている」とスタジオを和ませた2人。
バラエティ番組として、コントもやる一方で、「皆で被災地に行き、被災地の元気を全国に伝えようとやっている」とのことで、年に2回ほど福島・岩手・宮城で主にイベントも行っており、そのイベントの様子も放送しているという。
イベントで制作したDVDの売り上げの一部を義援金とする活動もしているとのこと。

現場で7年間支援活動を続けているサンドウィッチマンの2人は、7年間の変化について「7年間行っていると言っても月1〜2回で、僕らは基本的には東京にいる。だから、たまにしか実は現地には行けていない。でも行くと、建物が新しくなっていたり、新しく大きい工場があったりなど。そういう整備、建物などの部分では復興はしているかなとは思う」と述べた一方で、原発事故の起きた福島県など、復興にはまだまだ時間がかかりそうなものも多くあり、「もっと福島を伝えてほしいなと思う」と述べた伊達氏。
福島へは実際に車で行ったことがあるとのことで、「今、どこまで車で普通の人が行けるのだろう?と思って、自分で運転して行った。僕が行った時は1.2km手前で止められて、『ここからは入れない』と言われてUターンさせられた。今は結構近くまで行けるようだ」と福島県を実際に訪れた時の様子についても述べた。
「被災地や被災者という言葉も、今も使って良いのかと僕も悩むところがあって、7年経っているのだから被災地や被災者といって特別扱いしない方が良いのか、それとも何かケアした方が良いのかとなかなか難しいなと思ってしまう」と悩みを明かした古市氏に対して、「被災地といわれているところにいる現地の人たちは『いつまでも被災地と言わないでくれ』と言う」と述べた伊達氏。
被災したことで様々なことがあった一方、東北の沿岸地域の名前の知名度は上がったとし、「気仙沼や石巻など、最初読めなかった人が多いが、今は読めるように」「いしまき、と言っていた人が、いしのまき、ときちんと呼んでくれるようになった」とした上で、「そういうところの良いところをどんどん発信して、様々な人をお客さんとして呼び込む、そういうことをやっている」と東北ならではの良さをアピールしているサンドウィッチマン。
あまり特別扱いせずに、観光地として行く方が地元の人にとっても嬉しくて喜ぶとし、「東北初心者」へのおすすめの場所を問いかけられた伊達氏は「いっぱいある。日本三景の松島がまず宮城にある」と述べた。
古市氏は、ちょうど震災の約1年後に松島を訪れており、「まだここまで水がきましたと地元でもあって。ただあそこは震災とは別として綺麗な場所」と松島の良さを述べた。
「松島は頑丈で、小さい島たちが助けてくれて、そんなに津波も大きくならなかった。復興も早かった」とした伊達氏。
また、東北は意外と近く、新幹線を使えば仙台まで1時間半、福島なども近い。
古市氏は「東京にいると福島ってどれだけ遠い場所かなとついつい想像してしまうが、実は交通の便がものすごく良い場所が多い」とし、伊達氏も「高速でも3時間ほどあれば行ける」と東北の近さをアピールした。

一方で、「戦争のことを思い出す場合には、広島に行けば原爆ドームがある」とした古市氏は、「あまり東北ってそういうものを残さなかったのかなというイメージもある」と震災の遺構について述べた。
古市氏の意見に対し、伊達氏は「壊さないで残している建物が実はある。中学校だったり、大川小学校だったり、南三陸の防災庁舎もそう」とした上で、「それも現地に住んでいる人たちはもう見たくないから潰してくれと。気仙沼の共徳丸という大きい船があったが、あれも残した方が良いのではないかなどあったが、撤去した。僕らは住んでいないので、その人たちの気持ちにはなかなかそこまではなれないが、僕らはあった方が良いなと思う」と被災地で暮らす人の様々な気持ちを聞いた上で、その後のことを考えて教訓として残した方が良いと考えている2人。
その一方で、「今いる人たちが見たくないという意見も分かる」と富澤氏は述べた。

多くの方々が亡くなった東日本大震災。慰霊をする場所については、「慰霊碑が宮城県の名取の閖上という場所にある。赤貝で有名な港なのだが、そこは津波の高さのモニュメントを作って、亡くなった人たちの名前が彫ってあり、きちんと手を合わせられる場所。でも、そういうところが実は他にあまりない。石巻だと日和山。」と慰霊する場所が少ないことを明かした伊達氏。
古市氏が石巻に行った時に驚いたこと、なるほどなと思ったこととして「ポケモンGOの中に今は存在しないミュージアムや、存在しない映画館があって、その中に記憶が留められているというのがあって、なるほどなと思った」と記憶を語り継ぐ方法について語り、伊達氏も「素晴らしい」と称賛した。

一方で、メディアに関しては、震災直後は土足で入り込んでいき、何を考えているのだといった議論もあったと古市氏。
テレビに期待することや望むことに関しては、「大きなメディアだから、どんどん東北のことを伝える。ただ単純に僕はそれを望む」と伊達氏。
古市氏は「東北といっても、福島の中でも被災がひどかったエリアやそうでもなかったエリアなど多様。その中でテレビは漠然と震災のことを語り継ぐだけで良いのか、それとももっと様々な切り込み方があり得るのか」と疑問を呈した。
伊達氏は、「切り込むのもどこまで切り込めるのかということはある」とした上で、「震災系の番組を見ると、どうしても感動に持っていったり、お涙頂戴のような作りにしていたりという部分もあって。確かに本当にそういうことがあって、『こういう人たちもいるのだ。僕も頑張ろうかな』と思って、いろいろ心は動くのだろうが、あまりにもそういうものが多いかなと。感動的な」と震災を伝えるテレビは感動を誘う番組が多すぎることを指摘。
古市氏が「いつまでも東北の人も悲しみ続けている訳でもない。7年経った訳だから」と述べると、「その辺のバランスが取れると良い。こういう場所もあるが、こういう元気になっている場所もあるというふうに」と富澤氏は考えを述べた。
一方、「お2人のように当事者以外が笑いにはなかなかできない難しさがある。死ぬということと震災ということと、お笑いやバラエティというものの相性が良くない」と感じている古市氏に対し、「それはずっとそうだと思う」と述べた伊達氏。
そして、「でも、僕らは腹をくくっているので、俺らにしかできないことがあるだろうし、そこはきちんと背負ってやっていこうと思っている」と胸の内を明かした伊達氏。
また、「震災直後は完全に復興するまで20年と言われた」と述べた伊達氏は「それぐらいかかるのかなと今まさに思っている。まだ嵩上げ工事をしている最中で、地面を作るって大変なのだなと思っている。山を崩してそこから持ってきて」と復興の大変さを目の当たりにしているからこその考えを述べた。
古市氏が復興に際し、「住民の方にとっては、様々な議論もあるのではないか」とした上で、「嵩上げした方が良いと考える人と、そもそもこの町を引っ越した方が良いなどと。防潮堤にしても」と述べると「ものすごくある。防潮堤はすごくあった」と伊達氏。
「震災当時は皆状況が一緒だったから、欲しいものなどが一緒だったのだが、年々一人一人状況が違ってくるので、ひと括りにできないということはある」と述べた富澤氏。

古市氏は「続けていくというお話があったが、震災直後は様々な芸能人や様々な方が震災復興を応援しようとなったと思うが、見ているとどんどん皆やめていく。自然なのかもしれないが、なかなか続けている方ってそんなに多くないのかなという気もした」と述べると、「でも、僕らは有り難かった。様々なアーティストの方が入ってくれて、歌を歌って皆の気持ちを動かして。僕らは芸人だから、お笑いはしばらくできなかった。まだ必要とされていないと感じた。アーティストの方が最初にやってくれて、その後に芸人が行って、あとは地元の人間が頑張ろうと。僕らは地元の人間なので。だったら続けるも何も地元なので、それはやっていこうと」と当時の状況を振り返るとともに心境を述べた伊達氏。
地震発生当初は“お笑い"を誰も求めていなかったことを感じたという伊達氏は、東京では「『何か漫才コントやってきて、皆を元気づけてあげなよ』と言われ、少しその気持ちになって行くが、全然求められていないな、これは」と被災した方々の気持ちを述べた。
「まだ捜索している最中だった」と当時を振り返った上で、伊達氏は「今も月命日の11日には必ず捜索はされている。それで骨の欠片を見つけてDNA検査をして、今でもまた判明されたりしている。そういうこともまた大きく伝えてほしいなと思う」と今でも捜索活動が続いていることを報道してほしいとした。
「今7年で、これから10年、20年…。特に原発のことを考えたら、下手したら数十年という時間がかかる。すごい時間」と古市氏が述べると、「すごく時間はかかると思う。福島は原発の伝え方。メディアでどこまで伝えられるのかは分からないが。そういう意味でいうと、NHKは一生懸命やってくれているなとは思う」と震災復興まで長い年月を要するがゆえにメディアの伝え方について言及した伊達氏。
NHKの番組は結構突っ込んでいるとした一方で、フジテレビは「違った意味で結構突っ込んでいる」とした伊達氏。
渡辺アナが、フジテレビに関わらず、「3月11日が近づくタイミングで、節目という報道の仕方が多い」とよくテレビ局が言われることを明かした上で、サンドウィッチマンの2人、東北の皆さんはどういうふうに見ているのかと尋ねた。
伊達氏は「大きく節目と言われたのが5年の時なのだが、5という数字がどうしても節目というふうに捉えて、番組も大きく1日中様々な各局がやっていたと思う。でも、被災地は別に5という数字には何の気持ちもなく、『何の節目なのかな。こういう時キー局いっぱいくるけど、大きい中継車がくるけど、もう来ないのでしょ?来年から』と。そういうことは僕らも直接言われた」と被災地の方々の気持ちを語った。
古市氏は「節目ってそもそもおかしい。本当は例えば家が流された人だったら、家がもう1回きちんと建って生活が再建できた時が節目であるはず。人によって違うはずなのについついメディアではどうしても5年や10年と分かりやすいタイミングで報じてしまう」とメディアの報じ方について言及。
「分からないでもない、そういう5年というのが。だけど、現地の人たちは別に何の節目とも思っていないということは、行けば感じた」と述べた伊達氏。

今年もサンドウィッチマンの2人は、3月11日に気仙沼へ行くという。
東日本大震災後、毎年行っている気仙沼では、「黙祷をして、気仙沼の復興状況をまた番組でお知らせできれば良いなと思っている」と伊達氏は考えている。
7年経って、被災地の雰囲気は変化してきているとする一方で、「でも、あの日は涙を流す人が多いかな。いろいろ思い出すし、2時46分にサイレンが鳴るのだが、それは避難しなさいという時に流れていたあのサイレンと音が似ている。そうすると震えてくるという」と被災した方々の心の傷の深さを懸念した。

「この日本列島で生きる以上は震災は東北に限らないこと。どこでもリスクはあること」とした古市氏に対し、「もちろんそう。海に囲まれているから」と述べた伊達氏。
古市氏は「あの日に僕たちって全員、他人事ではいられなかった、どこに住んでいても同じようなことに遭う可能性はある訳だから」と地震の怖さを示唆した。
伊達氏も「ある」とし、「震災直後はお水をたくさん買って家に置いておいた方が良いねなどと結構売れた。非常食など」と水や食料、防災グッズなどが当時は品薄になった一方、「あれ今どうなっているの?と思う。今もあるの?家に」と言及。
「確かに皆、あの時だけは買い占めたけど、今はもうすっかり忘れてしまって」と古市氏も震災に対する意識の薄れについて指摘。
一方、「宮城県は地震が多い県ではある。99.9%宮城県沖地震が10年以内にくると覚悟はしていて。だから、ある程度備蓄していた」と地震が多い宮城県ならではの習慣を述べた上で、「でも、そんな県でさえ、仙台では震災直後はラーメンが2000円で売っていたり、おにぎり1個1000円で販売している人がいたりなど、そういうところがある」とし、「きちんと用意しておいた方が良い、今でも」と震災に対する備蓄について語った伊達氏。
富澤氏も「この経験を生かして、防災減災も報道してほしいなと思っている」とし、伊達氏もメディアの力は大きいとし、「是非お願いいたします」と述べ、対談は締めくくられた。


GUEST
サンドウィッチマン / お笑いコンビ
仙台商業ラグビー部の同級生・伊達みきおと富澤たけしが1998年コンビ結成 2007年M1グランプリ優勝。11年3月 番組ロケ中に東日本大震災に遭遇 以来 義援金開設のほか番組などを通じ被災地支援を展開。

COMMENTATOR
古市 憲寿(ふるいち のりとし)  / 社会学者

 
 

<< >>
OPINIONS 番組に関するご意見募集中 twitterでつぶやく
<< 2018年02月 >>
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28

ARCHIVES 過去の記事アーカイブARCHIVES 過去の記事アーカイブ