新・週刊フジテレビ批評

The 批評対談

『広辞苑』改訂にみる 現代ことば事情

DATE : 2018.02.10(土)

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1955年に初版が刊行され、多くの人に親しまれてきた辞典「広辞苑」が今年1月、10年ぶりに改訂され、様々なメディアでも注目を集めた。
今回、発売された第七版には、およそ1万項目の新語を加え、25万語が収録された。

その改訂作業に参加したお笑い芸人がいる。
「米粒写経」のサンキュータツオ氏。

「広辞苑」の改訂とはどのように行われるのか?
また、日本語学の研究者でもある彼は、テレビで使われる日本語をどう見ているのか?
お笑い芸人のサンキュータツオ氏をゲストに編集者でライターの速水健朗が斬り込む。

今回のThe批評対談は、「広辞苑改訂にみる 現代ことば事情」。

サンキュータツオ氏はスタジオに、広辞苑のトートバッグを持参。その中には、広辞苑専用のケースに入った広辞苑が。

サンキュータツオ氏は、お笑い芸人として活躍しながら、一橋大学、早稲田大学などで非常勤講師として教鞭をとる一方、およそ230冊を所有する国語辞典コレクターでもあり、10年ぶりの広辞苑改訂作業にも参加している。

広辞苑は重さ約3kg、厚さ8センチ。日本で製本できる最大のページ数とも言われる。この厚さの制限があるため、掲載する言葉が増えても紙を薄くするなどして、厚さはキープされる。そのためには、破れにくくインクもにじみにくい紙を作っていくという工夫がされている。サンキュータツオ氏はいわば「工芸品」と称えた。

広辞苑のあとがきには200人を超える改訂作業に参加した専門家の名前が掲載されている。その中に「サブカルチャー」の専門家としてサンキュータツオ氏の名前が。

そもそもサンキュータツオ氏が広辞苑の改訂作業に関わるきっかけとなったのは、これまで各地で国語辞典コレクターであることを公表し、本まで出版していたことから辞書の編集者と知り合いになったこと。またアニメや漫画にも詳しいことから、アニメ・漫画と辞書の両方に詳しい人物ということで、声がかかったという。

今回、サンキュータツオ氏が担当したのは、「アニメ」「漫画」「特撮」。それをもって「サブカルチャー」と括られたことについては、「サブカルチャーとは思っていない」と断言した。

改訂作業では「どんな言葉を入れたら良いのか」「既存の言葉にどんなことを加えたら良いのか」を考え、それらを専門家から編集部へ提案する形になる。
編集部だけではカバーしきれない分野を各専門家に依頼して、提案の中から取捨選択している。

サンキュータツオ氏が提案して新たに採用された言葉は、「少年漫画」「少女漫画」「ボーイズラブ」「ドラえもん」「動画サイト」「クロスメディア」「ボカロ」「四コマ漫画」「横井軍平」。採用されなかった言葉は「ツンデレ」「中の人」「CV」「セカイ系」「マリオ」「出崎統」。
サンキュータツオ氏は「まだ意味が揺れていたり使う人が限られていて、評価が定まっていない人物については採用されないのかもしれない」と推測している。

速水氏は「『CV=キャラクターボイス』や『セカイ系』は採用されても良いと思うのだが」と感想を述べた。
サンキュータツオ氏も「アニメを見ていて『CV』という表記が気になっている人は多いと思うので、広辞苑に入れた方が良いと思った」という。
一方、『中の人』に関しては、「これも声優を表す言葉であるが、同時に着ぐるみの中に入っている人として使われることもあり、意味が揺れているため採用されなかったのでは?」とした。

『少年漫画』『少女漫画』については「むしろ今まで入っていなかったのか」と驚く速水氏。サンキュータツオ氏いわく、7万語〜9万語程度の小さな辞書には入っていなかった。そして、「他の辞書に入っていない言葉を探す作業が最も労力がかかる」と述べた。

さらに、「言葉の定義の仕方も難しい」という。
例えば、「少女漫画」は、「少女を主な読者対象とする漫画。多く、女性作家が書き、主人公は少女。恋愛要素を軸、多様な人間模様を描くものが多い」と定義した。

速水氏は「多い」という言葉が頻出している点に注目。
サンキュータツオ氏も「『多い』と『主に』には注目」といい、「例外のことも頭に入っているが、ここでは細かく語らないよという意味」だという。
今回、サンキュータツオ氏が考えたのは読者対象で定義するということだった。

また、スタジオではサンキュータツオ氏が編集部に提案した「少年漫画」の定義と実際に広辞苑に収録された定義を紹介。
提案文では、少年漫画の歴史は漫画雑誌の事例なども記載されているが、広辞苑に掲載された文章はそれらがカットされ、半分以下に短縮されている。

「いかに短くするかというのも広辞苑のポイント」と感想を述べた速水。サンキュータツオ氏も「そこが編集部が苦労するところ」とした。

新たに採用された「ボーイズラブ」に関しては「僕が参加したからには、この言葉を入れないといけない」とサンキュータツオ氏。
「ボーイズラブとは、どういう意味だろうと不思議に思う人は多い。そういう言葉こそ辞書に入れるべき」とし、「一部の人は知っているが、全ての人が知っているわけではない言葉を入れたかった」と述べた。

「ボーイズラブ」は「男性同士の恋愛を描く主に女性向けの小説・漫画などのジャンル。BL。」と定義。
「もっと入れたいですよね」という速水氏に対して、「そういう場合は、現代用語の辞典に入れてください、専門用語の辞典に入れてください、となる」とコメント。そのため「受けと攻め」の説明などは削除となる。しかし、サンキュータツオ氏いわく「BLという略称まで入れてもらったのは前進」とのこと。
略称に関しては、「ロールプレイングゲーム」の定義に「RPG」という略称も今回加筆している。
「RPGの方が浸透しているので、辞書を引く人は、RPGを調べる。知っている言葉ではなく、この言葉って何だろうという言葉こそ入れる。」とサンキュータツオ氏。

速水氏が広辞苑採用のルールについて聞くと、サンキュータツオ氏は「広辞苑を国語辞典だと思っている人がいる」と指摘、広辞苑は「国語辞典というより百科事典」だとした。
国語辞典には固有名詞、作品名、地名は全く入っていない。広辞苑には、百科項目と国語項目があり、人名や地名は百科項目でやや専門的なので、百科事典の分類に入るとのこと。
広辞苑は百科項目が18万〜19万程を占めていて、国語項目に関しては、小さな国語辞典の方が充実している傾向もあるという。

掲載されている固有名詞の中には、「赤塚不二夫」もあり、サンキュータツオ氏は「手塚治虫が入るのは分かるが、ギャグ漫画家が入るかどうかというのは、ひとつの基準になる」とし、「赤塚先生が入ることで、ギャグ漫画もひとつの偉大なジャンルなんだという意味もあって、入れていただいた」と述べた。
また、「ある項目が入るかどうかは、今後どんな項目が入るかにも影響するので、辞書好きな方は注目すると良い」という。

そして、速水氏は「消える言葉」についても言及。「チョベリバ」のように、昔は流行ったが、今は使わなくなった言葉はどうなるのかと尋ねた。
これについて、サンキュータツオ氏は「少なくとも第6版までは、言葉を入れる基準に『死語になったら入れる』というものがあった」と解説。「リアルタイムで使われている言葉は意味が揺れる。すぐに消えてしまう可能性もある」とし、「広辞苑のような中型事典ではなく、小型事典は改訂のスパンも短いので、現代語を入れるべき」という見解を示した。広辞苑は10年、20年スパンで使われた言葉を入れ、「言葉を木の葉っぱに例えると、葉っぱが落ちて土に還ったら、広辞苑に入れる」のだという。
そういったことから、例えば「ナウい」ということば、ようやく前回の改訂で入った。「今の子供たちが昔の雑誌などを読んで『ナウいって何?』となったら広辞苑で調べる」とサンキュータツオ氏。
これには速水氏も「むしろ必要ですね。消えた言葉こそ」と理解を示した。

一方、今回の広辞苑改訂では「LGBT」の解釈が間違っているという指摘を受けた。こうした批判については「言葉は生きているので、正しい意味というものはない。LGBTは今使われている言葉なので意味も揺れている」とし、「言葉があることで存在を認められる人たちがいるという岩波書店の志は、6版に比べると柔軟になった」と評価した。
また、「広辞苑は批判によって誤釈が洗練されていっている」といい、「広辞苑は毎日クレームの電話がある」と明かした。
そして今回の改訂は「SNSで誤りが拡散される時代になって初めて出版された事典と言える」と述べ、「だからこそ、ミスが多くの人に知られるようになった」とした。さらに、「それでも25万件のうちクレーム対象になっているのは数件なので、それほど多くはない」と分析。

その上で「正しい日本語、正しい用法など、実は存在しないということをユーザーに知ってもらいたい」という。

そして、「テレビの中の言葉」について速水氏が問いかけると「“ら入り"言葉は撲滅したい」と答えたサンキュータツオ氏。

テレビでは、インタビューなどで話している人が「食べれる」「見れる」などと発言しているのに、テロップで「食べられる」「見られる」と修正されている。
サンキュータツオ氏は「それは何のためにやっているのか。どの視聴者、どの世代に向けたものなのかが気になる」という。
速水氏は、テレビなどで「ら抜き言葉」を聞くと気にはなるが、実際に会話をしている中で「ら抜き言葉」が出ても、いちいちチェックはしないと述べた。
渡辺アナは「ら抜き言葉」を使えばクレームが来るが「ら入り言葉」で話してもクレームは来ないという実状も紹介。これに対し、サンキュータツオ氏は「僕はむしろ、らを入れたら言っていこうと思う」と語った。ただし、「言葉はハラスメントになってはいけない。人は教わった言葉がそれぞれ違う。自分が教わった言葉を他人に押し付けてはいけない」とした。

それでも、2017年の調査で「ら抜き言葉」を自然だと思っている人は51%となっており、「今は、ら抜き言葉が正しい時代になっている」とサンキュータツオ氏。

そして、江戸時代から「ら」が抜けていく動向は確認されていると説明。例えば、「書ける」という言葉はもともと「書けられる」だったという。
「食べられる」も「食べれる」になることで「食べることが可能」という意味に特定できる。これは言語の経済効率という現象であり、一文字減って、意味が特定できるようになった言葉は絶対に元に戻らないことが現象として確認されているという。それにより、「元に戻らないし、自然な現象」と断言した。
さらに、サンキュータツオ氏は「ら抜き言葉の修正に関しては、無思想に行われている」とし、「クレームを入れてくる人はテレビが規範的なメディアだと思って、だからテレビが規範的な言葉を使わないことに憤る」ともした。

続いて、速水氏はテレビで使われる専門用語に着目。「エルニーニョ現象」「爆弾低気圧」といった言葉を説明なしに使われることに疑問を呈した。
渡辺アナは「新聞に載っていたり、日常会話でも使われていたりする印象がある言葉は説明を省くのかもしれない」と推測。

サンキュータツオ氏は「新聞に載っているから浸透したと見なすというのなら、報じる側の責任は重大ということになる」といい、その上で「『すごい美味しい』『申し訳ございません』『お求めやすい価格』などの誤用は修正されないのに、ら抜き言葉は修正される」と指摘した。
そして、「街の人の声やスポーツ選手の言葉などを勝手に修正する方が問題だ」と述べ、「だから僕は『“ら入り"言葉』を使っていると指摘していきたい」とした。

速水氏は「人の言葉を修正したり、たしなめたりするというのは、相手の思想や立場をひっくり返すこと。自分の正義を押し付けるだけ。簡単に批判してしまう問題は意識していなかった」と感心した。

さらに、サンキュータツオ氏は「言葉の修正は、上で決めたことを現場の人が無思想で受け入れていく構造の問題でもある」と指摘。

最後に、速水氏は「言葉は新しくなっていっているが、言葉を取り扱っていく僕らの側の考えも新しくなっていく時代なのかなと感銘を受けた」と締めくくった。


GUEST
サンキュータツオ / お笑い芸人・日本語学の研究者
1976 年東京生まれ。お笑いコンビ「米粒写経」として活動しながら、一橋大学、早稲田大学、成城大学で非常勤講師も務める学者芸人。早稲田大学大学院文学研究科日本語日本文化専攻博士後期課程修了。約230冊を所有する国語辞典コレクター。
近著:「もっとヘンな論文」(KADOKAWA)、「学校では教えてくれない!国語辞典の遊び方」(角川文庫)

COMMENTATOR
速水 健朗(ハヤミズケンロウ) 編集者・ライター

 
 

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