新・週刊フジテレビ批評

The 批評対談

コミュニケーションから見る テレビのみらい

DATE : 2016.05.07(土)

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近年、社会全般においてコミュニケーション能力の必要性が注目されている。広く情報を発信するマスコミの一員であるテレビにとっても、視聴者や社会とのコミュニケーションに様々な課題を抱えている側面がある。こういった状況の中、ワークショップを通じて“演劇"による“コミュニケーション教育"が注目を集めている。今回はワークショップの指導者でもあり、国内外で高い評価を得ている劇作家で演出家の平田オリザ氏を迎え、演劇とコミュニケーション教育の関係について聞いた。

「日本以外の先進国は大体、公教育の中に演劇がある。国立大学には演劇学部、高校の選択必修にも美術・音楽と並んで演劇がある国がほとんど。そこではコミュニケーションについて考えたり、自分で台本や演劇を作ったりする」と語る平田氏。
そもそも約2500年前にギリシャで民主制が生まれ、それまで王侯貴族が決めていた事を市民たちが決めなければならなくなった。そこでアテネの人々は議論の方法として、異なる“概念"をすり合わせて新しい概念を生み出す“哲学"と、異なる“感情"をすり合わせて妥協点などを見つけ出す“演劇"を生み出したという。
「日本でもかつてはお祭りや農村歌舞伎などの準備のため、大人も子供も長期間一緒に取り組まなければならず、そういう場で大人とのコミュニケーションや共同作業のやり方を学んできた。しかし近代社会に入ってからそういうことができなくなってしまったため、それを学校教育の中で補おうというのが、演劇を使ったコミュニケーション教育」と解説する平田氏。さらに、「従来の演劇教育は、情操教育とか表現力という位置づけだったが、特にこの10年ほどは参加体験型でコミュニケーションを培うワークショップが増えている。このスタイルは実証例として、長期記憶に結び付く事が教育学や認知心理学の世界でも証明され始めている。演劇教育だけでなく、演劇的な手法をいろいろな教科学習に取り込むことによって長く憶えていてもらう効果が期待できる。防犯教育などにも役立つと思う」と、ワークショップの幅広い可能性を述べた。
「今の子供たちはやはり少子化の影響とか、気の合った友達同士でしか行動しないため、他者との接触が非常に少なくなっている。伝える技術を教える前に“伝えたい"という気持ち、モチベーションがあまり子供たちの中にない。ところが“言葉が通じない相手との会話"というフィクションを一個入れるだけで、どうすれば伝えられるかというコミュニケーションの意欲が格段に高まる」と平田氏は分析する。
一方で、企業などでは最近の若者のコミュニケーション能力に否定的な見方も多い。これに対して平田氏は、「どんな言語学者、社会学者に聞いても、今の若者のコミュニケーション能力が低下しているという科学的数値は何一つない。これまで日本社会、特に企業は上意下達型で上司の気持ちを察して動くというようなコミュニケーション能力が重んじられてきた。確かに今の子供たちはそういう能力はないかもしれないが、自分の意見をはっきり言ったり、他者を理解する能力は中高年よりも高い。コミュニケーションというのは自分を基準に考えしまうので、自分の要求が満たされないと、“今の若い奴は"と否定しがちになる。しかし社会は変化しており、本当に変わらなければいけないのは中高年の男性の方だと思う」と持論を展開した。さらに、「女性上司が男性の部下に指示を出す場合、男の上司と同じ言葉遣いをすると非常にきつく聞こえる。これは明らかな男女差別であり、これを解消するには男性側が丁寧な言葉を使う以外ない。言語的権力を持っている男性側が、その権力を放棄しなければ変わらない。一番責任が重く、変わらなければいけないのは中高年の男性である」と述べた。

近年、新しいコミュニケーションツールの登場により、コミュニケーションがスムーズになるというよりも、むしろブログ炎上やネット叩きなどのマイナス面も指摘されている。
これについて平田氏は、「社会学の基本的な考えとしては、新しいツールが出てきたからと言って、人間のコミュニケーションの本質は変わらない、というのが一般的。言語とかコミュニケーションというのは、自分の育った環境とか自分の事を標準として他者を見てしまうので、自分と違う世代を否定しがちだが、決してそんなことはない」と指摘。しかし一方で、「ただ問題は、今は過渡期なのでその使い方が定まらなかったり、犯罪などに悪用する人もいて、子供や社会的弱者が犠牲になりやすいので、そこをケアしなければいけない。もう一つは、やはり過渡期には極端に走りやすいという事。徐々に落ち着いてくると思うが、今はやはりみんなネットの使い方が分からなくて、極端にぶれやすいところがあると思う」と分析した。
今回、熊本の震災を巡っては、被災したタレントがブログで辛さを訴えたところ、反論や中傷が殺到し、ブログを中止するという事態になった。これについて平田氏は、「日本社会が非常に“ねたみ"や“憎しみ"が蔓延しやすく、生き辛い社会になっている。それを一度解きほぐして、本来のもっと優しかった日本社会に少しずつ回復していく必要がある。今のインターネットは逆に、“ねたみ"や“憎しみ"を増幅させる装置として働いてしまっている。心理学用語の『確証バイアス』が働き、どうしても自分に有利な情報だけを集め、それがまたネットによってものすごいスピードで増幅される。だからそこに注意しつつ、社会を変えるには時間が掛かるので、まずは現状の過渡期の部分と、そして時間の掛かる部分を教育などで緩くしていくという、二段階の方法を取る必要がある。これ以上疑心暗鬼の社会になっていくと危険だと思う」と、現状に対する危惧を述べた。

平田氏の著書『わかりあえないことから』の中には――『今までは遠くで誰かが決めている事を何となく理解する能力、“空気を読む"といった能力あるいは、“心を一つに"“一致団結"といった、価値観を1つにする方向のコミュニケーション能力が求められてきた。でも日本では今、その価値観がものすごく多様化して、もう日本人はバラバラになっている。だから新しい時代には、そのバラバラな人間が、価値観がバラバラなままで、どうにかうまくやっていく能力が求められている』と書かれている。
これについて平田氏は、「この5、6年で、外国人や性的少数者に対する考え方も大きく変わった。今後、価値観は多様化していくのは間違いない。だとすれば、異なる価値観を持った人がどうにかしてうまくやっていける社会、心を一つにはできないかもしれないがみんなが共有できる部分を見つけてそれを少しずつでも広げていける社会に変えなければいけない。演劇というのはバラバラな人間が、幕が開くまでの一定時間内に、妥協点を見つけたりすることに非常に優れたツール。そこに演劇教育の一つの可能性があると思う」と語った。
とはいえ、現状ではこの部分が苦手な人も多い。少しでも違うと、その“違い"が際立ち、逆に攻撃したり叩いたり反発したりすることが多々ある。「だから違うことを前提にして、“なかなか分かり合えないが、ここだけは共有できる"という風に繋がっていく社会に、ちょっと緩めた方がいいと思う。日本人は真面目だから、“心から分かり合えないとコミュニケーションではない"という風に教え育てられてきているので、これをもう少し“分からないけどがんばろう"と言うような感じにできるといいと思う」と平田氏は述べた。
多様化によって様々な価値観の人がいる中で、新聞やテレビといった多くの人に一定の情報を提供するマスコミは、個々にどう対応していけば良いのか。これに対して平田氏は、「ドイツやフランスでは、答えを出すのではなく、議論する場所、議論の題材を提示する場所として劇場や音楽ホール、教会がある。まだテレビが辛うじて価値があるとすれば、それはやはり家族で見るという点にあると思う。インターネットは家族では見ないので、お茶の間でテレビを見て、家族がその事について語り合えるようなそういう題材を提示していければ、まだテレビの価値というのは何十年かあるのではないかと思う」と述べた。

「演劇は本当に時代遅れの芸術。お客さんにお金を払ってもらい、2時間客席に座り続けてもらうために自分たちは本当に苦労をしている。2時間人間を集中させるというのは本当に大変な事で、これは映画も同様だが、そこにある種の技術が集約されている。逆に言うと子供の頃からそういう劇場やコンサートに行くという体験をさせることによって、ある種のリテラシーが生まれるのだと思う。それによってやはり演劇教育においても“伏線を作る"というようなことが発達段階において理解できるようになり、それによってさらに楽しみが広がっていく。そういう意味でも、演劇・映画・テレビドラマの劇作家やシナリオライターがきちんと教育にも関わって、リテラシーをつけていくというのが非常に重要だと思う」と語る平田氏。さらに演劇教育の効果について、「演劇は特効薬ではない。演劇教育というのは対症療法ではなく、漢方薬のようなもの。例えば、いじめを解決はできないが、いじめが起きにくいクラスを作ることはできるかもしれない、というぐらいの可能性はあると思う」と述べた。
それではリテラシーを高めるには何が必要なのか。平田氏は、「結局は本物の芸術に触れてもらうしかない。そこが舞台芸術のいいところなのだが、そうなると今の日本では東京の子たちが圧倒的に有利になってしまう。もう一つは経済格差の問題が大きい。やはり親がコンサートや美術館に行かなければ、子供だけで行くことはない。今、教育と経済格差が直結しているとみんな思っているが、文化格差の方が親の環境次第でより広がりやすい。だからこの地域間格差と経済格差によって、文化格差がものすごく広がっている。しかも今後、文化格差が大学入試や就職などに直結する時代になってしまうので、ますます広がってしまう。だから地方ほどちゃんと文化政策と教育政策を連動させてやっていかないと格差が広がってしまう」と現状に苦言を呈した。

最後にテレビ離れの現状と、今後のフジテレビについて聞くと、「よく学生たちに言うのだが、“新しいこと"と“目新しいこと"は違う。フジテレビは成功体験があまりに強いので、未だに“目新しいこと"を追おうとしているのではないか? でも多分、そんな短期的なところでは回復しないと思う。ここは一つ腰を据えて若手を育成し、半期や1年ではなくて3年、5年先を見つめて改革をすることが必要。本当の新しい芸術とか冒険というのは、やった後にみんなが憧れて追随し、さらには誰が最初にやったか分からなくなるくらいのもの。それが昔の言葉で言う『パラダイム転換』であり、最近の言葉で言えば『イノベーション』。芸術や冒険というのは常にそうやって進化していく。だからフジテレビがもし革新するとすれば、本当の意味での『イノベーション』を目指すべきではないかと思う」と締めくくった。


GUEST
平田オリザ / 劇作家・演出家
1962年東京生まれ 国際基督教大学教養学部卒。
東京藝術大学COI研究推進機構 特任教授、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター客員教授、日本演劇学会理事などを歴任。
受賞歴 1995年『東京ノート』 第39回岸田國士戯曲賞/98年『月の岬』 第5回読売演劇大賞優秀演出家賞、最優秀作品賞/2002年『上野動物園再々々襲撃』(脚本・構成・演出) 第9回読売演劇大賞優秀作品賞/『芸術立国論』(集英社新書) AICT評論家賞/03年『その河をこえて、五月』(2002年日韓国民交流記念事業) 第2回朝日舞台芸術賞グランプリ/06年モンブラン国際文化賞/11年フランス国文化省より芸術文化勲章シュヴァリエ受勲

COMMENTATOR
江川紹子(えがわ しょうこ)ジャーナリスト


 

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