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“鉄人”衣笠祥雄さん(71)死去 「誰からも愛される人だった」

“鉄人”衣笠祥雄さん(71)死去 「誰からも愛される人だった」

2018年04月24日 (火)

きょう(24日)、プロ野球・広島東洋カープの元選手、衣笠祥雄さんが23日夜に亡くなっていたことがわかりました。71歳でした。



衣笠さんは、2215試合連続出場の偉業を成し遂げ、「鉄人」と呼ばれていました。
山本浩二さん(71)とともに広島東洋カープの黄金時代を築き上げた衣笠さん。1987年に王貞治さんに次いでプロ野球選手として2人目となる国民栄誉賞も受賞しました。同年に引退した後は、これまでの功績が称えられ背番号「3」は広島球団の永久欠番になりました。



三田友梨佳アナウンサー「衣笠さんは、先週の木曜日19日に横浜スタジアムで行われた試合で解説を務めたのが、公の場に姿を現した最後となりました」

木下康太郎フィールドキャスター「その解説の時、衣笠さんは声がかすれていて、アナウンサーがフォローしなければならないくらいの状態だったようです」

安藤優子「19日って、つい5日前ですもんね…」




北村晴男弁護士「素晴らしい方でしたね。衣笠さんを悪く言う人は誰もいなかったですよ。これだけのスラッガーで盗塁王も取られる方ってなかなかいないですから」

グッディ!スタジオでは、野球解説者の江本孟紀さんと電話をつないでお話を伺いました。

安藤「最近の衣笠さんのご様子については?」

江本さん「ここ数年ちょっと体調が悪いとは聞いていましたけど、時々球場には来られていたので、なんとか頑張っているなって思っていました…」

安藤「がんで闘病中だったという話もありますが、周囲の方はご存じなかったんですか?」

江本さん「いえ、野球関係者はみんな知っていました。体調が悪いのにグラウンドに来られてましたが、最後までグラウンドにいたかったんでしょうね」




安藤「江本さんにとって、“鉄人衣笠”はどのような存在でしたか?」

江本さん「連続試合連続イニングっていうのは今の選手はできませんよ。衣笠さんを見習って、レギュラークラスは全イニング130試合なら130試合出るとしても、その状態を維持するって本当に大変なことなんです。この人が一つの目標でしたよね」

安藤「誰からも愛された衣笠さんのイメージが強いのですが…」

江本さん「そうですね。非常に人柄がよくて、イヤなこと言う人じゃないし。本当に優しくて…私は参考にできませんでしたけど(笑)」

一同「あはは(笑)」

江本さん「国民栄誉賞もらうだけの、成績もそうですけど人格者としても素晴らしい人でしたよね」

安藤「“鉄人”と呼ばれる衣笠さんですが、相当鍛えてらっしゃったんですかね?」

江本さん「それはもう、練習の鬼ですよ。すべては練習から。広島(東洋カープ)は昔からよく練習するんですけど、ずば抜けていましたね。他のチームの主力選手ですぐ故障して休む選手がいると、“衣笠を見ろ!”ってよく言われていました」

安藤「そうだったんですか。やはりそうした積み重ねがあっての“鉄人”だったんですね」

江本さん「故障とかケガとかデットボールとかって、いつ起きるかわからないので、それを維持するために並外れた努力をしていたと思いますね」




高橋克実「本当に、いつ何が起こるかわらないですもんね野球って」

サバンナ高橋「17年って現役を続けるだけでも難しい年数なのに、ずっと試合に出場し続けるって本当にすごいです。僕は一緒の京都で、同郷の英雄の方って小さいころから思ってました」


番組の最後には、盟友である山本浩二さんから、悲しみの声が届きました。



山本浩二さん「現役のころにたとえばバッティングフォームとか、技術的なものとかお互いが相手を見て意見を言い合いましたね。チームが勝つためにどうするかっていうところから始まったのが、彼との腹を割って話せる仲になったといいますか。よきライバルで張り合って、お互い2人は成長してきて、彼がいなかったらここまで来ていないですし彼もそうだったと思うので、同じ釜の飯を食ってここまでこられたっていうのがすごくありがたいことですし、彼にはありがとうと言いたいですね」


衣笠祥雄さんの安らかなご永眠をお祈りいたします。


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