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クリスマスはスケートの日! フィギュアスケートはキレイな丸を描く競技だった!?

クリスマスはスケートの日! フィギュアスケートはキレイな丸を描く競技だった!?

2017年12月25日 (月)

きのう24日、来年2月に韓国・平昌で開催される冬季オリンピックのフィギュアスケート代表選考を兼ねた全日本選手権が行われ、シングル、ペア、アイスダンスの代表計9名が決定しました。



注目のシングルの代表、男子は全日本選手権優勝の宇野昌磨選手(20)、2位の田中刑事選手(23)、そして世界ランキング1位、オリンピック連覇を目指す羽生結弦選手(23)の3選手。女子は全日本選手権優勝の宮原知子選手(19)がまず確定。残り1枠を勝ち取ったのは・・・。



全日本選手権で勢いのある演技で大きなミスもなく2位という成績を残した17歳の新星・坂本花織選手が選ばれました。シニア1年目、若干17歳の坂本選手が選ばれた理由をフィギュアスケートの解説でおなじみの佐野稔さんはこのように分析。



佐野稔氏「すごくプレッシャーがかかる舞台、そういうところでノーミスで滑りきる。(そのような選手は)あまり記憶にないです。経験よりも勢いを優先したんだと思います」

安藤「坂本選手って、言葉にすると天真爛漫で怖いもの知らずって感じがすごい期待できますよね」

ハマカーン浜谷「浅田真央さんも出始めの時ってそんな風に言われてましたよね」

安藤「17歳でしょ。もう伸び伸〜びとやってきてほしい!」


そんなフィギュアスケート代表が決定した翌日のきょう、12月25日には偶然にも“スケートの日”に制定されていたんです。ではその理由とは?克実さん、お願いします!



克実「12月25日には日本で初めてスケートをした日なんですね。これは1861年、まだ江戸時代ですね。諸説ありますが、函館に滞在していたトーマス・ブラキストンというイギリスの探検家が滑ったのが始まりと言われているんです。当時は“氷滑(こおりすべり)”と呼ばれていたようですよ」



実際に日本人がスケートを始めたのは明治時代になってから。その時使われていたスケート靴は日本人が独自に開発した下駄の裏に刃を付けた“下駄スケート”!



ハマカーン浜谷「写真で見る感じ、刃の高さはないですね」

安藤「これって足、冷えない?」

克実「さすがに足袋は履いていたでしょうね。でも後ろがパコパコ氷に当たってしまいそうですが。そして日本初のスピードスケート大会は、倉田くんのふるさと、長野県・諏訪湖で行われた諏訪湖一周、約10キロのコースを滑るというものだったんです」

ハマカーン浜谷「10キロ!それじゃあ最初は長距離だったんですね」

克実「それより驚くのは冬になると諏訪湖が全部凍ってたというね…。いまじゃなかなか凍らないですもんね」


そんな歴史をたどりながら徐々に普及されていったスケート。
なかでも華麗で日本でも多くのファンを持つフィギュアスケートですが、最近まで地味な競技だったってご存知ですか?

克実「フィギュアとは“図形”という意味なんですが、最近まで文字通り“滑って描く図形の正確さを競う競技”だったんです」



克実「これ当時の競技中の様子なんですが、よーく見ると氷上にくるっと円が描かれてますよね。この円を描くと審判が“いい丸だね〜”と採点したんですね」

ハマカーン浜谷「そんなにいい声で言ったかはわからないですけどね(笑)」

克実「こうしていたんですが、退屈だしみんなきれいな丸になっていて採点が難しいということで1990年に廃止されたんです。そんなに昔のことじゃないんですよ!」

ハマカーン浜谷「ついこの前まで図形通りに滑った人が優勝だったんですね・・・。いや〜、フィギュアのルールが変わってよかった!」





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カテゴリー: 安藤おしえて
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