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安藤キャスター再会 東日本大震災で被災した子供たちの6年後

安藤キャスター再会 東日本大震災で被災した子供たちの6年後

2017年03月10日 (金)

明日3月11日で東日本大震災から6年。
グッディ!は、震災当時に取材した子供たちに再び会いに行きました。6年がたち彼らはみんな、たくましく成長していました。

岩手県山田町の佐々木拓海くん(18)。
震災当時12歳だった拓海くん、当時相撲が盛んな町として知られていた山田町で、相撲を続けている少年として取材を受けていました。



佐々木拓海君「町が明るくなるのはうれしいんで、山田町のために小さいことですけど頑張ろうと思いましたね」
6年が経過した今、津波で流されてしまった土俵は横綱・白鵬関の呼びかけで復活し、拓海くんも相撲を続けていました。高校を卒業する今、山田町に残り漁業の仕事をすることを決めたそうです。

福島県相馬市の島絵理奈さん(18)。



6年間の震災で福島第一原発の事故の影響で、引っ越しを余儀なくされた絵理奈さん(写真左)。避難先の二本松市で親友の佐藤萌祐さんに出会いました。

島絵理奈さん「(あのころは)普段の生活が楽しかったなって、例えば恋愛相談とか」
佐藤萌祐さん「逆に変わらなかったことが大切な思い出みたいな」


絵理奈さん再び引っ越すことになり2人は離れ離れになってしまいました…。でも、6年の時がたち再会した2人は、ずっと一緒に時を過ごした親友のように見えました。

3人目は、福島県南相馬市の宍戸ひかりさん(14)。



ひかりさんと安藤キャスターが会うのは6年ぶり。震災直後の取材で、当時小学3年生のひかりさんに会っていました。



安藤「ひかりちゃん、ご無沙汰してます。おっきくなったね。私のこと覚えていますか?」
ひかりさん「はい!」


震災でお父さんと母親代わりだったおばさんを失ったひかりさん。身長は20cm以上伸び成長したひかりさんは現在中学2年生。安藤キャスターに最近の学校でのことなど明るく教えてくれました。しかしこのように笑顔で語れるようになるまでには6年の道のりがありました。
それを支えたのはひかりさんを引き取って育てたおばのキミエさんと、その夫・泰志さん。



子供のいなかった2人は試行錯誤しながら必死でひかりさんを育てました。その甲斐あってひかりさんは次第に明るくなってきたそうです。

キミエさん「どう育てていいか分からなかった、子育てをしたことがなかったから、周りから色々なことを教えてもらいながら、ただ、この子がいじめられないようにって、それだけ」
安藤「ひかりさんは、おばさんをどう呼んでるんですか?」
キミエさん「くそばばあ(笑)」
ひかりさん「うん(笑)」
安藤「えっー、くそばばあとくそじじいには何でも話せる?」
ひかりさん「話せますね」」


最後に安藤キャスターはひかりさんと2人きりでこんな話をしました。



安藤「今、改めておじさんおばさんに言いたいことはありますか?」
ひかりさん「迷惑かけてばっかりなんですけど、これからもよろしくお願いします。みたいな」
安藤「たまには言うの?そんな風に?」
ひかりさん「言わないです。言うとどうした?みたいな感じなので」
安藤「今の言葉通じるといいですね」




安藤「6年ぶりに取材したわけですが、心の内に秘めているものが大きくなったと感じました。現在は心の中に閉じ込めることで乗り越えようとしているんだろうなと。6年間本当に大変厳しい年月だったんだと思いました」
克実「久しぶりに震災の映像を見て、人の記憶って薄れてしまうんだと思いました。(辛い記憶を)閉じ込めないと前へ進んでいけないんですね」
安藤「私たちは時間がたてば傷は癒えると思ってしまう。でも、私たちが考えている年月の流れとは違うんだなと感じました」
三田「今でも仮設住宅での生活を余儀なくされている方もまだたくさんいますしね」
安藤「風化させないことが大切ですね」



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カテゴリー: グッディ!大注目!
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