
石垣空港への着陸態勢に入った飛行機の窓から、南北に長い島のデカさが目の中の飛び込んできた。あの岬が125kmの折り返し? 小さな丘がずっと続いているように見えるけど、あそこを通るのかな? ちょっとだけ不安がよぎった。
次の日の朝7時前、まだ薄暗い空の下、僕は「石垣島アースライド」のスタート&ゴール地点の公園にいた。ダイエットと体力づくりのためにロードバイクに乗り始めてもうすぐ4年になるが、実はこういうイベント参加は初めて。でも、週に一度は長距離を乗るように心がけているので、多少は走れる自信はある。実を言うと、125kmの距離も想定して何度かコソ練もしてきた。しかし、果たして多くの人の中でペースについていけるのだろうか? 登りが僕の限界を超えるほどのものだったら完走できるのだろうか? という不安がいくつかあった。
しかし、楽しみもある。昨日空から見えたサンゴ礁の海を間近で見たかったし、信号もなくマイペースで走れる道で自分がどれだけ走れるか試したい気持ちもある。少しずつ明るくなってきた空に雲はない。予報通り今日は暑くなりそうだ。僕はウィンドブレーカーを脱いで、背中のポケットにしまった。
スタートゲートが開き、参加者たちの自転車が飛び出していく。しばらく撮影しながら見送り、僕たちもコースに出た。最初に入った隊列は、30km/h前後と快調なペース。普段の自分よりもちょっとオーバーペース気味だが、右から朝日を浴びながらいい気持ちでペダルを回していく。風もなく左側に見える海も穏やかだ。

序盤はほぼ平坦でしばらく緑のジャージの男性のスリップで走らせてもらったので、抜くときに声をかけたが、後ろについているのに気づいてなかったようだった。あらためて、ありがとうございました。
15km地点のエイドステーション手前からちょっと坂が厳しくなるが、ダンシング&アウターでガシガシ登っていく。ちょっと調子に乗ってるかな? この先はコースプロフィール図によるとノコギリのようなアップダウンが続く。一番標高が高いところで100mほど。このままのペースでは後半持たないなと、慎重に行くことに決める。
しかし、登りに入ると意外と前を走る人たちに簡単に追いつくことができる。あれっ、結構登れるな?
実は自転車に乗り始めたころは本当に坂が苦手で、できるだけ坂を避けるルートを走るようにしていた。しかし、その後もっと自転車にのめり込むようになり、テレビのレース中継や雑誌を見ていると、自転車乗りにとって坂を登れることはカッコいいことだと知った。それ以降、少しずつ自分のサイクリングコースに登りを取り入れて走るようになり、ここ半年あまりは日帰り圏内で標高300m強ほどの峠を毎週のように走ってきた。最初は心臓が飛び出るくらい苦しかったが、そのうち自分に合う登り方を見つけてなんとかこなせるようになってきた。
雑誌などでも登りのノウハウはいろいろ紹介されているが、自分に合うもの、自分にできるものは自分で探さないといけない。僕が見つけたのはケイデンス(ペダルの回転数)を意識することだ。60回転を下回ると、脚が重く感じて筋肉への負担が増すし、80回転を超えると脚が回りすぎて息が上がってくる。60回転をちょっと超えるぐらいが脚への負担もほどよく、呼吸も乱れずにリズミカルに登れる。サイクルコンピューターのケイデンス計と脚の感覚に気を配りながら、フロントをインナーに落とし、リアディレイラーをカチャカチャと調整、シッティングでペダルを回し続けると、思ったよりも気持ちよく登ることができた。
ちなみに石垣島の登りを手元の計測機器と個人的な感覚で分析すると、標高差数十m、勾配5%ぐらいの登りと下りが延々と何十回も続くといった感じ。たいてい登りの頂上は見えているので、「あそこまで行けば下りだ」とモチベーションは維持しやすい。もし標高差数百mの登りがいくつか含まれていれば、僕も限界を迎えていたかもしれない。
後半に向けて体力を温存する目的と、後ろから来る能智さんとペースを合わせる目的も兼ねてペースをコントロールする。心拍数も130〜140台とまだ余裕はある。富良野アースライドで85kmを走った能智さんは、今回が初の100km挑戦。だいぶ登り坂で参っているようだが、しっかりついてきている。

八重山エーサーの太鼓が出迎えてくれた3つ目のエイドステーションには、10時15分ごろ到着。ここを11時までに通過しないと125kmのキバリヨー!コースには進めないことになっていたが、まだ余裕はある。
10時30分、ここで折り返す能智さんと別れ、キバリヨー!コースに突入。石垣島北部は細長い半島のようになっていて、今まで左側にしか見えなかった海が右側にも現れ、景色の雄大さに目を奪われる。高い木々も少なくなり、ちょっと違う島に入ったような感覚だ。
しばらく行くと、すでに最北端の灯台を折り返して帰ってくる人たちがいる。灯台までは10kmほどの距離のはずだが、ときおり海の向こうに見える岬はまだまだ先。ちょっとだけ気持ちがくじけそうになるが、脚は快調に回っている。残り距離は半分以上あるが、ひとり旅になったのでちょっとペースを上げて自分を追い込んでみる。この先のコースは厳しいとの話もあったが、さっきまでと同じリズムで登りはこなせた。
すれ違う自転車と何度も会釈を交わしながら、灯台へと向かう最後の登り坂へ。ちょうど折り返してきた白戸太郎さんとすれ違い、「ガンバレー! もう少しだ」と声をかけてもらう。ありがとうございます! でも、まだ大丈夫ですよ! と、心の中でちょっとだけ意地を張って急坂を登り切る。
すると、そこにはすでにたくさんの自転車で大渋滞。観光客のレンタカーも何台か入ってきて、スタッフは交通整理に大慌てで出迎えムードもありゃしない。ちょっと拍子抜けしつつも、こんなに大勢がキバリヨー!コースを走れるもんだ、自分より年配の夫婦連れや若い女性もいて、みんな強いなーと尊敬。時間は11時15分、走行距離は68kmだ。

ここまで僕を運んでくれたジオスに感謝の意味を込めて、青い空と青い海をバックに写真を一枚。シクロクロスのフレームがベースだからなのか、飛行機輪行のときの重量検査では11.4kgとオーナー同様意外なメタボぶりをさらけ出してくれたが、君と一緒にここまで来れてよかったよ。
11時30分、再びジオスにまたがり灯台を出発し、復路へ突入。後半は一部ショートカットがあるので残り距離は57kmほど。出るタイミングが悪かったのか、前後にまったく人がおらず完全なひとり旅状態。ときおり前を走る人を見つけると一緒に行こうかなと思うものの、追いつくとついつい調子に乗ってそのままオーバーテイクしてしまう。
一瞬、自分が速いのかなと錯覚しがちになるが、考えてみれば自分より速い人が前を走っていれば、そこに追いつくことは絶対ないのは当然だ。でも、ときには景色の中に自分ひとりという状況の中で、自分をどこまで追い込めるか試す意味を込めて走り続ける。
レースではないとわかってはいるものの、いつもは都内や関東近県の車道やサイクリングロードを走っている身にとっては、自分の力を出し切って走れる環境はなかなかない。前を行く自転車に追いつこうとするのもいいモチベーションだ。ペースを上げたせいか、ときおり目に入る心拍計は170以上を示しているが、まだ息切れしそうな感覚はない。

しばらく行くと、空腹感を覚えてきた。さらに90kmを過ぎると、脚にもふくらはぎから太ももまで疲労感がたまりビンビンと痛む。久々にサドルに接するお尻もヒリヒリと痛くなってきた。いつも以上にペースを上げ、しかもずっとシッティングで同じ姿勢で走ってきたせいかもしれない。
運よく現れたエイドステーションに飛び込んで、おにぎり2個とバナナ半分etc..をかきこみ、再びコースへ。ペダルをこぎ出した瞬間、脚のストレッチをしておくべきだったと慌てて出てきたことを後悔したが、止まるのも億劫に思えてそのまま走り出す。距離計はちょうど100kmを指した。あと25km、1時間ちょいか。午後になってだいぶ日射しも強くなってきたが、暑くてたまらないというほどではない。
とある登り坂で、高校生ぐらいの男の子がママチャリを漕いでいるのが見えた。よく見ると背中にアースライドのゼッケンをつけている。声をかけると、石垣の子で100kmコースを走ってきたという。かなり登りに苦戦しているようで「こんなんやとは思わなかったですー」とちょっとのんきな悲鳴にも似た叫びを上げていた。ひょっとしたら、彼みたいな子が将来の新城幸也になるのかな?

ようやく海沿いの平坦路に出た。ゴールも近い。しかし、強い向かい風が吹いている。脚の痛みもあって、スピードを上げようと思っても、20km/hちょっとしか出ない。それでもペダルを踏み、タイヤで路面を蹴り、ぐっぐっと前に進む。だいだん見覚えのある景色が見えてきて、午後2時20分に無事にゴールした。
自転車を降りた途端、不思議とさっきまでの脚の痛みがすっと消えた。なんだ、これならもっと走れたかな、もうちょっと追いこめたかなと、なんだか悔しい気持にもなった。
でも、脚とお尻の痛みはあったものの、最後まで息が切れることはなかったし、登り坂にもくじけることなく気持ちよく走ることもできた。他の参加者に置いていかれることもなく、真ん中ぐらいのペースで走れたのも発見だった。数年前の自分なら自転車でこんな難コースを125kmも走るなんて考えられなかったことだから、アラフォーでも人間は成長するんだなとちょっと自信にもなった。
ゴールした後には、意外な出来事も待ち受けていた。実は往路の途中で取材用デジカメの予備電池をいつの間にか落としていたのだ。復路は電池切れが恐いのもあってほとんど撮影もせず、結果的に景色にも目もくれずガムシャラに走っていたのだ。
でも、ゴールした後に落し物としてその電池が届けられた。取材でもお世話になりましたが、かなり小さい電池を見つけて届けてくれた「BICYCLE HOLIDAYS」の方、ありがとうございました。

ようやくこの日のコースを思い返し、昨日、飛行機の窓から見えた石垣島のことを思い出した。地球の上では小さな島かもしれないが、人間の体と比べればやはりとてつもなく大きな島だ。それでも、自転車があれば自分の力で1日で往復できる。それはこの日たくさんの人が完走したことからもわかるように、肉体的なエリート集団だけの特権ではない。年齢、性別、体格、スポーツ歴、さらには自転車の性能にもかかわらず多くの人に可能なことなのだ。確かにアップダウンは大変だったけどね。
これまで関東を出て走ったことがなかった僕も、今回初めて飛行機に自転車を積んで、遠く離れた石垣島に自分の足跡ならぬタイヤの跡を刻むことができた。これまでは忙しさや仲間がいないことを理由にイベントや自転車の旅を避け気味だったが、電車や船、飛行機に自転車を積めば、未知の土地に行ってそこを走り回ることができるという自信がついた。地球一周するほどの根性は持ち合わせていないが、この世界にはまだ僕が幅23mmのタイヤ跡を刻みつけることができるフィールドがたくさんある。そう思った初めての「アースライド」だった。
さて、次はどこへ行こうかな? そのときは、もっと景色を楽しむ余裕を持って走ろう…